「オセロ」


「これは!」


 目が一点に引き寄せられていた。目の前に以前から欲しかったヘッドホンがあったからだ。


 しかし,今の僕は手持ちにそこまで余裕がない。物欲のせいだ。


 買い過ぎた。日頃のストレスを買い物にぶつけた結果,僕の財布の紐はより強固になった。


 今は買うのをやめよう。いつか必ず迎えにいく。

 

 そう決めたがもう一つの思考が頭をよぎった。


 今あるものが次もあるとは限らない。欲しいのなら今、手を伸ばせ。


 今だ。僕の指先が、思いが徐々に前へと押し出されていく。


「だめだ!」

 僕は自身の手を押さえた。自分はこの思考に負けて、今日に至るまでのひもじいもやし生活を送ったことになったのだ。


 快楽に身を任せた果てに待っているのは地獄だ。


「給料日が来週の十五日だな」

 来週になれば、給料日だ。そこから計算して余剰資金で買おう。


 今は耐えろ。自分はそんな堪え性のない男ではないはずだ。


 僕は自分に強く言い聞かせた。店舗の入り口に足を向けた。


 ゆっくりと立ち去ろうとした時、メガホンを持った店員がヘッドホンの元にやってきた。


 何故か分からないが本能的に背筋がヒヤリとした。


「えー! このヘッドホン本日限りで十パーセント引きです!」

 

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