「ああ、夏に恋せよ」

 車の走る音、波のさざめき。全ての音がセミの鳴き声に殺されている。十七年間、土の中で抑圧された彼らが産声をあげるようにあちらこちらで喚き散らかしている。


 夏が好きだ。春夏秋冬の中で一番好きだ。開放的な気分になり、海に行きたくなる。


 照りつく太陽。跳ね上がりそうなほど暑い砂浜。ナイスガイの小麦色の肉体。

 水着姿の姉ちゃん。


 そのどれもがこの灼熱の季節を彩るには十分な要素だ。


 近くの森では蝉達が演奏会を開いていた。白い砂浜に身を置きながら、僕は蝉の鳴き声と時折、吹く風の音に耳をすましていた。


「不味い」

 炭酸が薄まったサイダーを口の中に流し込んだ。サイダー特有の刺激はそこにはなく、ただの砂糖水と化していた。


 どこまでも続くような大海と青空。するとどこからが食欲を掻き立てる匂いが漂ってきた。


 首を向けるとそこには数人の若者が網を囲って、バーベキューを行なっていた。


 子供の頃はよく、親戚一同で集まり、父方の祖父母に家に集まったものだ。一緒にバーベキューをしたり虫取り網を持って、カブトムシを捕まえたりもした。


 縁側で従兄弟と一緒と食べたスイカの甘さは今でも覚えている。


 季節といつものはタイプカプセルのようなもので、巡ればかつての記憶を呼び覚ましてくれるのだ。


 去年の夏はこれがあったとか、一昨年はどうとか様々な思い出が脳裏を駆け巡る。


 この季節が永遠に続いて欲しい。そう思いながら、僕は再び、砂糖水を流し込んだ。

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