第21話 事件は終われど謎は残る

(通信術式が消えた……)

 レイランは魔法的な感覚で、吸血鬼の通信術式が消滅したことを悟った。

「これだけ蹴散らせば十分、かな」




「十分すぎるでしょう。お嬢様」

 自分の呟きに答えた人物に対して、レイランはギロリと、それだけで殺せそうなほど鋭い視線を送った。

「で、あなたはこんなところで何をしているの」

「旦那様の命令に従っているだけですが」

 吸血鬼と戦っている時にふらっと彼が現れた時は、目を疑ったものだ。場所柄、表情を変えるわけにも大声を出すわけにもいかなかったが、それはもう驚いた。まさか、ここに現れるとは思っていなかったから。

 はあ、とため息をついて、頭に手をやる。精神的な問題で頭痛がしてきそうだ。


「……あなたが今までどこで何をしてたのかは後でお父さんを問い詰めておくからいいとして。

 今日のこれ、どういうこと?」

「簡潔に申し上げて、吸血鬼側の戦力調査ですね。将来有望な魔法使いの卵が、この学園には多いですから」

 さらっと告げられた吸血鬼たちの目的に、再びレイランはため息をついた。

「もしも私や理香さん級のバケモノになりそうなのがいたら、ついでに殺しておきたかったと。そういうことね……」

「そういうことでしょうね。数人、目星はついたようですし」

 彼の言葉にレイランは頷いた。

 今回投入した生徒側の戦力は美侑を除いて全員、実戦経験者だ。吸血鬼側でもある程度情報は把握していただろうが、今回更に情報を与えてしまった生徒もいるだろう。通信術式下での出来事はそれなりに共有されているはずだ。


 頭の中に龍司や謙人の顔を思い浮かべていると、声が聞こえた。

「———とにかく、お気をつけて。奏太様だけでなく、他のご友人たちの身の回りを特に。

 不肖の弟も目を光らせているでしょうが、いくら何でも目が少なすぎますから」

「わかった」

 忠告を残して、彼は飛びさすり、消えていった。




 覚えのある魔力が近づいてきたのはその直後のことだ。

「レイラン、無事⁉———じゃないわけはないか」

 凄まじく信頼されているな、という言葉と共にレイランの元にやってきたのは、理香と雪弥だった。

「お2人とも!ということは、3年生が帰ってきたんですね……」

 レイランは安心してほっと一息ついた。首都圏各地に散っていた3年生さえ帰って来れば、もう怖いものはない。


「全員戻ったわけじゃない。連絡を受けた俺たちだけだ。

 レイランは大丈夫そうだな。俺は向こうで砲台でもやるかね……」

 レイランを眺めてから、雪弥は、教室棟の屋上を眺めた。西側に陣取っている凌太と奏太が、司令塔として動いているのが見える。

「本来の司令塔は先輩でしょう。任せておいていいんですか?」

「実戦経験なら間違いなく俺よりあいつらの方が上だ。それより砲台やって吸血鬼を撤退させる方が先だろ、状況的に」

 肩をすくめた雪弥は、そのまま教室棟の屋上へ飛んでいく。

「雪弥が本気で砲台やるつもりなら、私も剣出さなきゃね」

 それを見た理香が、愛用の剣を魔法で取り出した。謙人は自分の剣をベルトに鞘ごと吊って日常的に帯剣しているが、理香の場合、普段は魔法で自分の中にしまってあるのだ。

「さて、最後の追い込みだよ。レイラン、行こう!」



 *****



「———以上、本日の顛末でした」


 その日の放課後、生徒会室にて。

 1・2年生魔法科の実戦経験者と、学園に残っていた教師陣の活躍によって、とりあえず吸血鬼たちの大半は生け捕り、または殺された。

 生け捕りにされた吸血鬼は7人。死体で見つかったのが16人。逃げた吸血鬼は、計算上では8人。それが、今回の戦果だった。

 途中の奏太の報告からやけに死体が増えているのは、知らせを聞いて学園まで駆けつけた魔法科の3年生たちが、どんどん吸血鬼を殺していったからだ。生け捕りにして色々と情報を引き出したいところだが、今回は状況が状況だっただけに、誰も文句は言えなかった。

 その吸血鬼を殺しまくった当人たちに向かって、凌太がちょうど説明を終えたところだ。当人たち———理香と雪弥は、揃って肩をすくめている。

 その様子を見ながら、美侑は呆れるやら驚くやら、思考が追いつきそうになかった。

 戦闘後に聞いた話だが、何と雪弥は、実は魔法使いだったのだ。


 魔法使いでありながら普通科に在籍していた生徒は少数ながら存在する。最たる例は前代未聞の伝説を残して卒業し、未だに語り草になっているゆりあだが、彼女の場合、魔法能力は先天性のものだった。

 けれど雪弥の魔法能力は後天的なものだ。彼もまた、中学の卒業式の後で吸血鬼の血に触れ、魔法使いとなった元一般人に変わりはない。美侑と同じように。

 魔法使いにもかかわらず魔法科に進学しなかった理由は、本人曰く「体力がなさすぎて討伐部隊の訓練にはついていけないから」とのことだ。美侑たちはまだ本格的に訓練を始めていないが、今日の吸血鬼との戦闘で、討伐部隊の訓練は生半可なものではないだろうことが予想できた。体力のない人間には、確かに厳しいだろう。


 それでも雪弥の魔法使いとしての能力は非常に高い。理香や謙人のように白兵戦はできないし、少しでも敵に近づかれたら終わりだが、代わりに遠距離戦では無敵の戦闘力を誇る砲台だ。

 その圧倒的な殲滅力でもって、雪弥は学園防衛組に合流した途端、吸血鬼たちに様々な魔法を放って追い払ってしまったのだ。そして、それでもどうにもできない吸血鬼は、理香と、いつの間にか彼女に合流していたレイラン、そして他に帰って来た3年生があっという間に殺してしまった。才能の差を見せつけられた気分である。


「……とりあえず、先生たちから銀の十字架シルバークロスには知らせてもらったから。一条家にはレイランが連絡したんでしょ?」

「はい。ようやく父に繋がったので、状況を説明しておきました。後で確認のために、こっちに来るかもしれません」

 理香の問いにレイランが答えた。

 ちなみに銀の十字架とは、魔法使いたちが吸血鬼に対抗するために設立した対吸血鬼組織である。世界各国に存在し、全ての銀の十字架を取りまとめるインターナショナル・シルバークロス(通称ISC)の規模を、全ての銀の十字架の規模の合計とすればまず間違いなく、世界最大の対吸血鬼組織だった。

 聞いたところによると、レイランも奏太も、戦闘中からレイランの実家である一条家と連絡を取ろうとしていたらしいが、あいにく連絡が取れたのは戦闘が終わった後だったそうだ。本来は救援を呼ぶために連絡を取りたかったのだが、戦闘が終わったために、報告の連絡を入れることになったとレイランがさっきぼやいていた。


「生け捕りにした吸血鬼は、既に近くの討伐部隊が引き取ってくれました。そっちから情報が引き出せれば、今回の事件の真相が明らかになると思いますが、今のところ、吸血鬼たちの目的は不明です」

 凌太の説明が続く。

「それについてですが、どうやら吸血鬼の目的の1つは、私だったようです」

 そこでレイランが手を挙げた。

「吸血鬼の1人が言っていました。目的の1つは【黄昏の魔法使い】の能力を見定めることだと」

「私も同じことを聞きました。間違いないです」

 美侑も証言した。


 ちなみに、生徒会役員でもない美侑が生徒会室にいるのは、またしても理香に連れ込まれたからだ。ただし、今回連れ込まれているのは美侑ばかりではない。奏太、龍司、遥、謙人と、中学時代の生徒会メンバープラス謙人、美侑自身も含めれば5人もの1年生がこの部屋に連れ込まれている。全員、今回の騒動にはそれなりに関わっているからだろう。

 一方、生徒会役員でも、この場にいない者もいる。彩香は戦闘の途中から、お家芸である回復魔法で怪我人を治しに行っているのだ。杏奈は美侑たちと同じ生徒会室にいるが、彩香に代わって戦闘の途中から校内放送を担当していたこともあり、理香と雪弥への報告には一切口を挟んでいなかった。


「【黄昏の魔法使い】の、ね……。いきなりレイランを狙う辺り、向こうも本気みたいだね」

 レイランが吸血鬼と対峙した時と似たような感想を口にした理香の目は、きつい色を浮かべていた。

「向こうにとっては、レイランを殺せれば、あらゆる意味で得だからな。

 日本最強の家系である一条家の次期当主の死亡、それによる一条家直系の断絶、世界で唯一の『黄昏』の使い手の死亡……。将来のことまで考えたら、メリットだらけだぞ」

「まあ、うかうか殺されてやる義理はないので。襲われたら全力で反撃しますし、照準さえ合えばいつでも脳幹ぶち抜いて、逆に向こうを殺します。私のことは心配しないでください」

 雪弥の言葉には、レイランが物騒なことを言って返している。


「問題はどっちかというとこっちでしょう。

 ———なぜ、3年生の不在が漏れていたのか。なぜ、それを狙って襲撃することができたのか」

 そしてレイランは、しっかりと問題を提示した。

 そう、それが今回の最大の問題なのだ。なぜ、3年生の不在を吸血鬼が知っていたのか。

 あのグラウンドの魔法陣など、他にも謎は存在する。しかし、3年生の不在を狙われなければ、そもそもここまでの大騒ぎになるような事態にはなっていない。


「考えられるのは3つ。1、防衛省から漏れた。2、魔法学園から漏れた。3、一条家から漏れた」

 奏太が説を提示した。

 魔法学園は国立なので、所属は一応文部科学省だ。しかし、吸血鬼討伐部隊は防衛省の下につく組織であり、討伐部隊の手伝いのスケジュールは魔法学園と防衛省の協議で決定される。このスケジュールを知る人間はごくわずかで、例えば学園内では、中学生は何も知らない。というか中学時代の美侑は、手伝いに駆り出されること自体は知っていても、いつ先輩たちが手伝いに駆り出されていたのかは一切知らなかった。

 スケジュールを把握していると思われるのは、防衛省の吸血鬼討伐の関係者、吸血鬼討伐部隊、学園の高校の関係者。そして、万が一の事態が発生した時のために、一条家にも話が伝わっているとレイランから聞いている。

 その中の誰かが、情報を漏らした裏切り者だ。


「……こんなこと言いたくはないけど、レイラン。家の方はどうなの?大丈夫?」

 遥が声を上げる。

「うちでスケジュールを把握してるのは、私の他は両親だけだと思う。謙人はともかくとして、由良家の人たちにも知らせてないはずだよ」

「あー、うちの親とかは何も知らないと思う。さすがに存在は普通に知ってるけど、日程までは把握してなかった」

 レイランと謙人が続けて答えた。

「別に日程が家で話題になることもないだろうし、うちから情報が漏れた線はないと思うよ。そもそもうちの屋敷、結界だらけだから、吸血鬼はそうそう情報なんて盗れるはずがないし」

「一条家の屋敷は東日本最強の要塞、って言われるくらいだしな。あのご両親が意図的に吸血鬼に情報を漏らすとも思えないし、一条家から漏れた線は追わなくていいか……」

 レイランの力説に、奏太も一条家説を除外した。奏太の判断には誰も異論はなさそうだ。


「残りの2つは正直、僕らだけじゃ追いきれない。防衛省にしてもここにしても、人が多すぎる」

 魔法学園の中学・高校の生徒数は、1学年約300人。仮に高校だけに絞るとしても900人を疑ってかからなければならない。しかも、そこに教職員まで加わるのだから、調査対象は実に1000人にも達するだろう。

「……いずれにしても、この先は大変なことになる。そういうことですよね……」

 レイランの声が、沈黙の下りた生徒会室に響いた。

「それに、まだあの通信術式の謎も解けてませんよ」

 雰囲気を変えるように、再び遥が声を上げる。話を変な方向に持っていった負い目を感じたのだろうか。

「わざわざ大量のダミーが用意されていたにも関わらず、術式を壊すのは誰にも妨害されなかった。あまりに奇妙だと思います」

「そうね。その件も考慮しないといけない。吸血鬼たちは、一体何がしたかったの……?」



 *****



 暗いどこかの部屋。スマホの画面から発せられる光だけが唯一の明かりだ。

 フリック入力で次々と画面に文字が打ち込まれていく。


『報告。

 今回の件で、こちらからもある程度、危険人物を挙げる。

 【黄昏の魔法使い】一条黎蘭は言わずもがな。その他、【探知の申し子】深瀬ゆりあの弟・奏太、四聖家・海堂家の海堂龍司、由良謙人。

 また、今後の様子次第では、霞原真奈実の娘・松本美侑も危険人物となる可能性あり。これ以降も動向を探る。

 学園側も気づいたことはあるようだが、特に心配はいらない様子。次の計画で標的の傷害、あるいは殺害を狙う。手配を依頼する』



魔法学園の吸血鬼戦争 第1章 完

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魔法学園の吸血鬼戦争 雪月花 @rainyplace

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