第20話 奇妙な術式と魔法陣群

 奏太に無事を報告したのち、美侑たちはそのまままとまってグラウンドへ移動していた。


 これから戦闘になるかもしれないというのに、4人まとめて風魔法で移動させるような余力は龍司にはない。龍司の魔力を温存しておくために、4人とも魔法を使わず、中学と高校の校舎の間を走り抜けていく。

 幼いうちから吸血鬼と戦うことを前提として育てられた龍司たち3人は当然のように、魔力を温存したい時のためにそれなりに身体能力も鍛えてある。美侑は美侑で身体能力は高いので、遥を探した後でも特に困ることはなかった。


 中学と高校の校舎の間を西側に抜けた先が、グラウンドのある西エリアだ。東西のエリアは中学高校共用部なので、美侑もいくらでも行ったことがある。ちなみに先程まで龍司たちがいたらしい図書館は、西エリアの南の端だ。龍司が魔法実技の授業中に籠っている場所である。

 グラウンドは西エリアの中では北寄りだが、南端は中学の教室棟とあまり変わらない位置にある。いくら学園の敷地が広かろうと、美侑たちの現在位置からそう遠い場所ではない。


「吸血鬼の気配は?」

「周囲にはいない。気味悪いくらいにな」

 遥が尋ねると龍司が答えた。今いるメンバーの中では、魔力の探知能力は龍司が1番上だ。

「逆に怪しいってか。通信術式を守ろうともしてないから」

 謙人がニヤリと笑う。

「罠と伏兵に要注意だな。美侑、術式は見えるのか?」

「……微妙なところ。大体の形はわかるけど、細かい部分はぼんやりとしか見えない」

 謙人に尋ねられ、美侑は自信なく答えた。到底実用レベルには足りない「視力」であることは自覚している。


「じゃ、その大体でいいから、罠っぽい術式見つけたら教えてくれ。期待してるぞ」

 けれど謙人は、その「視力」でいい、と言った。

「……全然頼りにならないかもしれないよ?」

「それでも、美侑はちゃんと霞原家の血を継いでるでしょう。先天的には魔法能力を持ってなかっただけで、後天的に魔法使いにはなれたんだから、霞原家の適性だって持ってるに決まってる。美侑の場合、身内の誰かとかじゃなくて、お母さんが術式破りの達人なんだもの、きっと大丈夫。

 今はできなくても、いつか絶対に、術式を完璧に見て、お母さんみたいに見切れる日がくるよ」

 遥の励ましの声に、美侑はようやく頷いた。

「やれるだけ、やってみるよ」






「……で、これはどういう状態なんだろうな……」

 これは、グラウンドを一目見た謙人の感想だ。正直、美侑も同じことを言いたい。

「術式だらけ、魔法陣だらけ。これ、幻影か?」

 グラウンドの状況は、龍司が首を振りながら言ったこの言葉に集約されている。

 中学高校合わせて1800人もの生徒を抱える魔法学園のグラウンドは、同じグラウンドで体育の授業が2グループできるくらいには広い。各学年ごとに、3クラス合同で行われる体育の授業が、だ。

 その広大なグラウンド一面が、術式で覆われているのだ。正確には、いくつもの通信術式、通信魔法陣がひたすら並べてある。

 ぼやけて見えるので、もう少し近づいてみないと美侑には術式の詳細は見えない。しかし、ざっと見たところ、全ての術式と魔法陣が、通信術式としての体裁を保っているように見える。


 けれど。

「少なくとも、術式がそのまま放置されてるのはおかしいよ。術式は基本的にすぐ、魔法を発動して消えるから」

 美侑は呟いた。

 中には魔法陣と同じ、条件付きで発動するような、つまり一定時間はその形を保てる術式も存在するが、それでも魔法を発動した後は消える。魔法が発動した後も目に見える形で残るのは魔法陣だけで、しかも、魔法陣ですら魔法が発動し終えたならば魔力が残らない。

 そして、通信魔法を条件付きで発動させるメリットは特にないはずだ。通信手段が必要な場合、魔法は基本的に個人間で予め繋いでおくか、戦場で真っ先に展開されるはずである。それくらいは戦闘はからっきしわからない美侑にだってわかる。


「つまり?」

「説1、あれは幻影。説2、何らかの理由で術式に似た形のものが見えている。

 で、私の目にはあれがぼやけて見えるから、今の時点でみんなの目に映るあれがぼやけてないなら、幻影説はなくなるよ」

 この状況でよくこれだけ頭が回っているな、と頭の片隅で思いながら、美侑は謙人の促しに従って自分の考えを表明した。

「私の目にははっきり見えてる。魔力関係の視力だから、光の適性とはそんなに関係ないだろうね」

「俺もはっきり見えてる。つまり、あれは幻影じゃなくて、本物の魔力で描かれた術式ってことか……」

 遥と龍司の言葉で、幻影説は消えた。残っているのは、本物の魔力が術式に似た形に見えているという説だけだ。


 しかし、魔力は空気に溶けやすい。術式の形にしておけばある程度は防止されるし、魔法陣などは数年に1度の魔力注入だけで維持できるように改造されたものもあるのだが、果たしてこの術式たちにそのような効果が与えられているのだろうか。

 そこまで考えて、美侑は改めて整然と並んだ術式たちを見た。もっとよく見えれば、何かがわかるかもしれない。

 慎重に美侑はグラウンドの端に近づいた。術式がだんだんはっきり見えてくる。

 グラウンドの端ギリギリにしゃがみ込み、美侑は1番近い術式を隅から隅まで眺めた。

(これは……)

 目の前にあるのは、確かに通信魔法の術式だ。けれど、細部に手が入っている。というか、手が入っている方が主目的だろう。

 普通の通信術式では使われない、術式の魔力保持を示す部分。そして、よくよく見るとわかる、偽装用の部分。


「これ、ダミーだ」

「はい?」

 美侑の呟きを拾った謙人が、疑問形で声を上げる。

「これ、ダミーだよ。ところどころに偽装するための部分が入ってる。

 この1つがそうなんだから、ここにあるのは大半ダミーなんじゃないかな……」

「は?……え、これ全部?」

 呆然として龍司がグラウンドを見渡した。

「1個本物はあるかもしれないけど、もしかしたら全部ダミーかも」

「……つまり、あるかもわからない本物を探して、壊さなきゃいけないってこと?」

「そういうことだね」

 冷や汗を浮かべて尋ねた遥に、美侑は頷いた。

「全部まとめて壊せばいいんだから、そんなに苦労はしないと思うよ。術式を破壊するなら、術式として意味を成してる部分だけ壊すのが最適だけど、全部壊しちゃえばそれはそれでいいんだし。

 私は《魔力流》でひたすら壊していくから、みんなは《魔弾》で壊していって」

「……だな。それしかないか」

 謙人が納得して頷いた。


「とりあえず、グラウンドに入っても安全かだけ確かめないか?中に入って壊せるなら、その方がいいだろ」

 龍司の提案に、遥が首を傾げる。

「どうやって?まさか、入るつもり?」

「それ以外に確認方法がないだろ。俺が入るよ」

 答えながら、龍司はスタスタと美侑の方に歩いてきた。

「何かあったら引っ張ってくれると助かる」

「了解」

 龍司が隣に立った美侑にそう言ったので、美侑は簡潔に答えを返した。万が一魔法に巻き込まれた場合、龍司を救出する役目は必要だ。

 美侑の了承を聞き、龍司が足先をそろそろとグラウンドに下ろしていく。ツンツン、と爪先で何度か土をつつき、足先からゆっくりと土に着けていく。

 右足が完全に土に着き、トントン、とグラウンドの感触を確かめて、龍司はこちらに向かって頷いた。

 3人揃ってそれを確認し、美侑たちもグラウンドに片足を踏み込んだ。特に地面に変化が起きる様子はない。

「急げ。すぐに術式を破壊するぞ!」



 *****



 美侑が他の3人に呼ばれて構造を教えたり、逆に《魔力流》の調整が下手だと言われたりしながら、4人で術式と魔法陣を破壊し続けた結果。


「……で、残ったのがこれ3つと。ダミーかどうかは?」

 謙人にちらりと視線を向けられて、美侑は首を振った。

「……正直わからない。全部、ちゃんとした通信術式の形をしてる。違うのは効果範囲と持続時間だけだよ。それ以外、違いはないと思う」

「ここに来て、まさかの本物が3つとはね……。これ全部で1つの通信術式になってるとか、そういう可能性はないの?」

 今度の問いは遥から。

「ないと思う。これ1つずつでちゃんとした術式になってるし、こうやって設置しておく術式や魔法陣をわざわざ複数に分けておく理由はないよ。

 攻撃術式で魔法の発動速度を速めたい場合はともかく、今回の術式は戦闘開始からそこそこ時間が経ってから発動してる。吸血鬼の運動能力まで考慮すると、急いでいたようには思えないんだよね……」


 吸血鬼の身体能力は人間の数倍。その身体能力であれば、今回吸血鬼たちが侵入してきた西門付近の壁からグラウンドまで、所要時間は2分程度だろう。仮に吸血鬼が本命の通信術式を最初に発動させようとした場合、遅くとも侵入から3分後には発動している。3分後と言えば、美侑はレイランに連れられて教室棟の屋上に着いたか着かないかくらいの頃合いだろう。

「わざわざダミーまで作っておいて、その割には簡単に術式を破壊させてるしな。これはどういうことなんだか……」

 龍司も首を捻っている。


「とりあえず、これ全部壊せば通信魔法は解けるよな。先に消し飛ばしておこうぜ」

 龍司が右手を掲げた。その手には《魔弾》が用意されている。

「じゃあ、こっちは私担当で」

 遥も《魔弾》を準備する。彼女が指差したのは、1番右側の術式だ。

「私もこれやるよ。今度また、ちゃんとしたコントロール覚えなきゃ……」

 美侑も中央の魔法陣を指して言った。


 今回の戦闘では、《魔力流》は大して使っていない。というより、使えなかった。使う暇もなかったし、使う状況でもなかった。

 美侑自身が戦闘に慣れていないというのが最大の要因だろうが、《魔力流》が完全でないこともまた、原因の1つだ。レイランも奏太も褒めてくれたが、実戦で使い物にならないのでは意味がない。———もっとも、実戦を1度経験したおかげで、確かに吸血鬼に対抗する手段が必要だということは痛感したけれど。


 もっと速く、もっと正確に、もっと高威力で。

 今の自分では弱すぎる。これではまた、誰も助けられない。今回は大丈夫でも、いつかまた、10年前のあの日を繰り返すことになる。

 ぎゅっと唇を噛み締め、美侑は右の掌を魔法陣に向けた。いつものように掌に魔力を集める。

「———《魔力流》、発射」

 もっと強くなりたい。……絶対に、強くなる。

 その決意と共に、美侑は《魔力流》を撃ち出した。

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