第19話 術式探し
「———私の方はこんな感じ。レイランはまだ特別棟の屋上で戦ってると思うけど、増援を呼ばれてるから……」
「あー、問題ない問題ない。増援呼ばれても、レイランの場合、防壁だけ張っておけばいくらでも耐えられるから。しばらく放置しても大丈夫」
美侑が事情を説明すると、謙人が途中で首を振った。
「貴族相手でも余裕で耐えてたの見たことあるし。術式破壊して戻るまでにやられてるって可能性はゼロだと思うぞ」
「そっか……」
謙人は何度もレイランと一緒に吸血鬼討伐に赴いている。その謙人が言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
「で、俺たちの方は、美侑がレイランと別行動を始めたって連絡を奏太にもらった。それで、龍司の風の適性を頼りに美侑の行動を追いかけてたんだ。ここで追いついて良かった」
「奏太くんのナイスプレーだね。奏太くんが由良くんに知らせなかったら、美侑が殺されてたかもしれない」
謙人がざっくり事情を説明すると、恐ろしい予想を遥が告げる。実戦経験のある魔法使いたちは、やはりどこか感覚がずれているようだ。
ぶるりと美侑が体を震わせる横で、遥が自分の状況を説明した。
「私はレイランの代わりに、奏太くんと凌太先輩のところで視覚情報からの探知をしてた。でも、近くに吸血鬼が来たのが見えたから、そっちをどうにかしようと思ってそこを離れたの。
来た吸血鬼は撃ち落としたけど、新しくもう1人吸血鬼が来て、しかも距離を詰められたから、どうしようかなと思ってた。美侑が来たのが大体それくらいの時じゃないかな」
「なるほど。少なくとも、遥にとっては松本が来たのはいいことだったらしいな」
龍司が感想を呟く。
「で、次どうするか、決めた方がいいんじゃない?」
遥が提案した。
「どうするかって、まあレイランの指示通りでいいんじゃないか?
美侑は術式を破壊する。俺たちは美侑を1人にしとくわけにはいかないから、団体行動する」
謙人が言った。術式の破壊には賛成らしい。
「集まった以上は、それが正しいだろうな。複数味方がいた方が安全だ」
龍司も謙人に賛成のようだった。
「私としてもその方がありがたいけど……遥は大丈夫なの?」
「私もその方がいいと思う。もし貴族の吸血鬼が残っているなら、いくら私たちとはいえ単独行動は危険だし」
美侑が尋ねると遥までもが賛成し、4人で行動するのは決定事項となった。
「じゃあ、次は術式探しか。奏太に聞くのもありだろうけど、吸血鬼の探知もしてるからな……」
「通信術式はそんなに大きくないと思うよ。
ただ、継続して魔法が発動するように、術式が魔法陣になってる可能性は高いかな」
龍司が思案顔になると、美侑は情報を提供した。術式関係の知識だけなら、美侑は一般の魔法学園の高校生よりもずっと持っている。
「魔法陣だと、破壊するのって難しかったっけ?」
遥が首を傾げる。
「魔法陣は、魔法を継続的に発動するとか、予め術式だけ仕込んでおいて、魔力だけ注いで使うのが前提になってるからね。魔法陣を予め地面に描いておいて、そこに魔力を流したりしてたら破壊するのは難しいと思う。《魔力流》は魔力の塊だから、魔法陣にぶつけても大丈夫かわからないし……」
「そこはやってみるしかないだろう。魔力を物理的なものでどうこうするわけにはいかない以上、魔法陣をどうにかできるのは同じ魔力だけだからな」
美侑が説明すると、龍司が肩をすくめた。
「魔法陣も術式の1種である以上は、近くにいる術者が魔力を供給してることは確かだからな。最悪の場合は術者を倒して、魔法陣を消せばどうにかできる。美侑1人じゃ無理だっただろうけど、俺たちが合流してるから問題はないと思うぞ」
謙人がもう1つの方法を提示した。
美侑1人では決してできないけれど、3人が一緒なら、吸血鬼を倒して邪魔されないうちに魔法陣をどうにかすることも可能だろう。美侑1人だったら、吸血鬼に気づかれないようにしながら、そこそこ近い距離から魔法陣を正確に《魔力流》で撃ち抜く、というとんでもないことをしなければならなかったところだ。今更ながら、レイランは結構な難題を美侑に押し付けたらしいと気がついた。
そこで、端と気づく。レイランが指示を出したのは、吸血鬼の目の前ではなかったか。
「———そうだ。2人とも、ここに来るまでに吸血鬼の妨害に遭ったりはしてないの?」
「魔法でそこそこスピードは出してたから、遭遇はしてないな」
龍司が答えた。
「視界の端に映ったくらいはあったけどな。美侑、なんでそんなこと訊くんだ?」
「レイラン、吸血鬼の目の前で私に術式壊してくれって言ったの。吸血鬼が通信に乗せて伝えてたら、妨害されるかもしれないって思ってたんだけど。大丈夫だった?」
「レイランが吸血鬼の前でそんなことを?」
龍司が眉をひそめた。謙人も同じ顔をしていたが、ハッとして呟いた。
「———ってことは逆に、吸血鬼が通信できないくらい、レイランが相手を追い詰めてるのか……?」
「あるいは、美侑が通信術式を破壊しに行ったことを知ってる吸血鬼を、レイランが既に倒した可能性もあるよね……」
遥が謙人の呟きを受けて、更に可能性を提示する。
「レイランは今1人だ。あいつにとっては、逆にその方が動きやすいかもしれないな。美侑を守る必要はないし、攻撃を味方に当てる心配もないから、思う存分力を揮える。単独で貴族を討伐できるレイランなら、複数の吸血鬼が相手でも自力でどうにかしそうだし。
向こうのことは気にしなくていいかもしれない。本当にまずい状況になったら、さすがに奏太が気づいて自分で飛び出すだろうし」
謙人が最終的に結論を出した。
「———そう、だろうな。向こうのことはレイランに任せておけばいい。今は通信術式を破壊した方がいいな。なるべく早く」
「術式を壊さないと、レイランのところにますます吸血鬼が集まりそうだしね。吸血鬼からしたら、【黄昏の魔法使い】なんて、1番に倒しておきたい相手でしょ」
龍司と遥も術式の破壊が優先と判断したらしい。若干龍司の歯切れが悪かったが、それでも2人は顔を見合わせて頷き合った。
「で、術式を探さなきゃならないわけだけど。問題は方法だな……」
謙人が話を元に戻す。術式を壊す相談も、レイランを心配するのもいいが、まずは術式を見つけなければどうしようもないのだ。
「探知のことなら深瀬家にお任せ———ってとこだけど、さっきも言った通り、奏太には頼れないしな。4人でまとまって動くしかないし、バラバラに散って捜すのも却下だ」
まず龍司が、奏太を頼ることと、4人いることを利用しての人海戦術を否定した。奏太に余裕が生まれていることは確かだろうが、学園全域を探知して、司令塔の凌太の補佐までやっているのだから、頼りすぎるわけにはいかない。別々に行動することについては、先程謙人に叱られている。
「……じゃあ、魔力の方向から特定したら?みんな、魔力が乱れた方向はわかったよね?」
そこで美侑は提案した。魔力が乱れた時は、乱れた方向や乱れ方の強弱も判断できる。吸血鬼の通信が術式によるものであれば、術式を中心として、同心円状に広がるように魔力の乱れは伝わっていくはずだ。通信術式の場合、効果も同じように同心円状に広がっていくわけだが。
「あー、そっか。魔力が先に乱れた方向に、魔法の元になった術式があるってことだもんね」
遥がポンと手を合わせた。
「うん。術式はともかく、魔法陣は何かに描かれてる性質上、動いたりはしないしね。紙の上に描かれてたらおしまいだけど……」
「前もって通信術式を使うと決めてあったなら、紙に描かれてる可能性は十分あると思う。でも、さすがに魔法陣が移動したら、今展開してる通信網に変化が出るんじゃないか?俺たち全員、そんなものは感知してない。奏太じゃなくても、それくらいの感知ができる自信はあるし」
美侑の不安は龍司の言葉でフォローされた。
魔法陣を持ち運べるように紙に描いておくのは霞原家では割とよく見た光景なのだが、まあ魔法使いと吸血鬼では違いもあるだろう。そもそも、霞原家は術式を扱うのが得意と言われるが、その「扱う」とは単に戦闘で使うことだけでなく、魔法の研究を行うことまで含めた言葉だ。研究用に術式を魔法陣の形で保存しているのだと言われれば納得だし、そんなようなことを昔、叔父か誰かに聞いた覚えがある。
「じゃあ、その方向で行くか。龍司は俺と同じ場所にいたからいいとして、遥と美侑はどのあたりにいた時に、どの方向から乱れを感じた?」
謙人が尋ねた。自分と龍司は同じ場所にいたから、遥と美侑の位置と感知した方向だけ聞き出そうとしているのだろう。
「私は特別棟の屋上で、レイランと一緒だった。方向的には、北西方向……だったと思う」
「私は教室棟の北側。東寄りだったと思う。乱れの方向は北西、あるいは西北西かな」
美侑と遥が答えると、謙人が唸った。
「なるほどな。———俺たちは図書館前で、方向は北だった。ってことは、西エリアのどっか……グラウンドとかが怪しいか?」
「方角的にはドンピシャでグラウンドだろ。教室棟の東寄りで西北西ってことは、南北の座標は教室棟からそこまで離れてないってことなんだから」
龍司が術式の所在を断定した。ちなみに西エリアというのは、広大な魔法学園国分寺キャンパスを5つに区分けした時、西側に位置する縦長の長方形のエリアだ。
「じゃあ、目指すはグラウンドってことで。奏太にも連絡入れておかないとな」
謙人が言いながらスマホを取り出した。そのまま奏太に電話を掛ける。
「奏太、そっちでも把握してるかもしれないけど、俺と龍司が美侑と遥に合流した。
俺たちはこれから、敵の通信術式壊してくる。———あー、レイランが美侑にそうしろって言ったらしい。美侑の単独行動の原因はそれ。
……それは同感だけども、必要なことではあるだろ。聞きたいこともあるし、後で2人で捕まえに行こう。
……じゃあ、俺たちはグラウンドに行くから。さっき魔力の乱れた方向から、術式のある方向を特定したんだ。
……その時はよろしく。じゃあな」
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