第18話 合流

 遥を探せ。

 それだけを思って、戦場となった学園内を移動していた美侑は、ようやく目的の人物を発見してほっと一息ついた。

 教室棟付近の空中。そこに浮いている遥が、同じく浮いている吸血鬼と対峙していた。


 遥は光属性の適性を持つ魔法使いだが、レイランとは異なり、それ以外の属性への適性を持たない。日富家とは、そういう家系なのだ。

 けれどそれは、遥が吸血鬼戦闘で弱いということではない。レイランと同じく、遠距離から吸血鬼を1発で仕留める技術は一流だ。本人が他の属性適性を持たない分、光学迷彩で自分の位置を隠して移動しながら狙撃する、というようなこともやってのける。

 しかし、現在の状況を見るに、少々遥には分が悪いようだった。

 まず、美侑がその姿を発見できたことからわかるように、遥は光学迷彩を使っていない。

 そして、対峙している吸血鬼との距離は割と近いように見える。遥の場合、その距離での戦闘はあまり得意ではないはずだ。

 狙撃を行う戦闘スタイルの関係で、飛行術式を筆頭に重力を操るような術式には熟達しているものの、それ以外の術式魔法はそこまで得意ではない遥は、近接戦闘にはあまり向かない。同じ光属性の適性を持つレイランは、他の属性や術式を利用して近接戦闘でもある程度の実力があるが、遥には他の属性の適性もなければ、術式の扱いも得意ではない。

 今は光球を撃つことで牽制し、吸血鬼との距離を詰められないようにしているようだが、それもいつまで持つのか。早いところ、誰か助けを呼んだ方がよさそうだった。



(あれ、でももしかして、《魔力流》なら……届く?)

 美侑の《魔力流》の射程距離は、実に50メートルにも及ぶ。練習中に、レイランや奏太が体育科からメジャーを借りてきて測っていたから間違いない。普通の魔法ならそれくらいの距離は当たり前だが、《魔力流》に限るなら破格の長さだ。

 そして、吸血鬼が浮いている位置は地上からおよそ10メートル。下から撃ち上げることになるため、普通より射程距離が多少短くなるかもしれないが、そんなことは関係ないくらいの距離だ。

 ただ、吸血鬼は動く。単に《魔力流》を撃てばいいわけではない。

 レイランとの練習で、光球に当てる訓練はしているが、当てられる確率は今のところ10分の1程度。距離が近くなれば当てやすくなるものの、それでも当てられる確率の方が低いだろう。


(どうする……?私が《魔力流》を撃って倒すか、誰かを呼ぶか……)

 普通に考えれば、誰かを呼んできた方が安全だ。《魔力流》を外した場合、吸血鬼が美侑の方を襲わないとは限らない。今ならまだ、遥はしばらく大丈夫そうだし、人を呼んでくる時間はあるだろう。

 しかし、美侑は探知魔法が使えない。すぐそこの教室棟の屋上には奏太と凌太が陣取っているものの、階段を駆け上がっていくとなればそれなりに時間は必要だし、そもそも2人は司令塔として屋上にいるので、動けるのかどうか……。

 考えている間にも、時間は過ぎる。助けを呼びに行っている場合ではなくなる。


(よし、決めた!)

 美侑は頭上の吸血鬼を睨みつけた。そして、伸びをするような体勢で、右の掌が吸血鬼と重なって見える場所へ移動する。

(慎重に、ゆっくり、落ち着いて。足を踏ん張れ。外すな……!)

 掌に魔力を集める。いつもより多めに。

 その間も、吸血鬼から目は離さない。すい、すいと動く吸血鬼に合わせて、美侑も掌と体の位置を移動する。

(……今!)

 魔力が十分に集まり、吸血鬼と掌が重なる。位置取りもいい。そのタイミングで、美侑は《魔力流》を発射した。———空に向かって。


 掌にとんでもない圧力がかかった。全身で掌を支える。足がずり下がった。けれど、掌の向こうの光景が、美侑には不思議とはっきり見えている。

 魔法使いと吸血鬼の目にしか見えない流れが、遥と対峙していた吸血鬼に直撃した。その流れに乗って、吸血鬼が空高く吹き飛ばされる。

 相手は吸血鬼だ。仮に吹っ飛ばせたところで、大した隙は作れない。けれど、隙ができるなら、更に攻撃を叩き込むことができる。


「———遥!」

 美侑は頭上の遥に向かって叫んだ。頷いた遥が腕を振ると、遥の周囲に大きな光球がいくつも現れる。

 その光球たちから、1本ずつ光線が放たれた。見事に吸血鬼の周囲を囲む形になった光線が、落ちてくる吸血鬼の体を焼き切る。肉が焼かれる嫌な臭いが美侑のところにまで漂ってきたが、そんなことに構ってはいられない。

 そのまま吸血鬼は、地面に落下した。ゴキッ、という音がしたので、どこかの関節が脱臼したのか、はたまた骨折したのか。嫌な臭いが強くなる。

 今度は掌を前に構え、美侑は警戒しながら吸血鬼に近づいた。吸血鬼は意識がないのか、ピクリとも動かない。意識がないならそれでよし、痛みで動けないだけなら気絶させる必要がある。レイランはよくわからない手段で吸血鬼を気絶させていたが、美侑が取れる手段は《魔力流》しかないので、頭に《魔力流》を当てて脳震盪でも起こすしかない。


 ゆっくりと近づき、掌に魔力を集めた、その時。2つのことがほぼ同時に起こった。

 まず、吸血鬼がガバッと身を起こした。気絶しているわけではなかったらしい。一瞬で美侑の方向へ足を踏み切り、こちらに迫ってくる。

 それにほんの少しだけ遅れて、ヒュン!と、後方から高速で何かが飛んできた。その何かは、まさに美侑に飛び掛からんばかりだった吸血鬼の頭に命中する。ガン、という鈍い音がした。よく見ると、大きな氷の塊だ。


 吸血鬼は再び地面に落下した。今度は美侑のすぐ近くに。

 完全に気を失ったらしく、白目を剝いているが、今の一件で警戒心は更に高まった。誰かが来たことだし、ここは遠ざかった方がいいだろう、と、後ろに下がる。

「何やってるんだ!」

 焦ったような声が、氷が飛んできたのと同じ方から聞こえた。首を捻ってちらりと見れば、高速で近づいてくる龍司と謙人の姿がある。叫んでいるのは謙人だ。


 そうか。あの2人も戦ってたのか、と美侑は納得した。氷の塊を飛ばして美侑を守ってくれたのは龍司だろう。

 2人は美侑の元まで辿り着くと、揃ってため息をついた。龍司は美侑の隣に留まったが、謙人は吸血鬼の方へ歩きながら、常に持っている剣を鞘から抜いて、その刀身に電気を纏わせる。

 何をするつもりだろう、と思っていると、謙人は吸血鬼の肩に剣を刺した。じわ、と服に血がにじみ出る。

「……放電」

 謙人がそのまま呟くと、刀身から一気に電流がほとばしった。ビクン、と吸血鬼の体が跳ねて、動かなくなる。


「……それ、殺したの?」

 恐る恐る尋ねると、謙人は吸血鬼を見下ろしたまま首を振った。

「殺してない。気絶させただけだ。

 これくらいやっても、吸血鬼は死なないんだよ。確実に殺すなら、首を切断するか脳幹を破壊するかだけだって言われてる」

 それから顔を上げて、謙人がこちらを見る。

「で、美侑は何やってるわけ?対吸血鬼戦闘がどれくらい危険なのか、単独行動がどれくらい危険なのか、美侑ならわかってないはずがないと思ってたが?」

 奏太が知らせてくれなかったら、今頃どうなってたことか、と謙人は続けて言った。


「……レイランに頼まれたの。今、敷地に敷かれてる吸血鬼の通信術式を壊してほしいって。

 術式の壊す場所がちゃんとわかるのは、私くらいだから」

「なるほどな。一応、理にはかなってるわけか。美侑が単独で動かなきゃいけないっていう1点を除けば、だけど」

 はあ、と謙人はため息をついた。


「ほら、龍司も何か言って。お前も実戦を知ってる人間だろ」

「……レイランが単独行動させたなら、ある程度の意味はあるんだろう。

 でも、吸血鬼がうろついている時に、普通に戦えない人間が外にいるのは自殺行為だ。戦っている魔法使いのことも考えるなら、味方の妨害にすらなり得る」

 謙人の言葉に頷いた龍司が、切々と語る。が、そこから先は、少々質の違う言葉が続いた。


「ただ、さっきのあれは、《魔力流》か?

 俺たちが到着しなかったら話は別だが、あそこで遥を助けるにはいい判断だったと思う。端から見ていても、かなりの出力だった」

(んん……?)

「あの《魔力流》、もっと鍛えれば吸血鬼を気絶させるには十分な武器になるだろうな。

 魔法は才能も必要だが、努力だって必要だ」

(これは、褒められてるの?というか、アドバイス??)


 美侑は一瞬、混乱した。

 龍司は中学時代の生徒会メンバー、美侑は中学時代に生徒会室に入り浸っていた人間ということで、お互いにそれなりに面識はある。奏太のように、レイランが常に一緒にいるというわけでもなかったから、1対1でもそれなりに会話はできる。

 けれど、いつだって美侑は、龍司に褒められたことも、アドバイスされることもなかった。基本的に美侑は生徒会の仕事には関わらないので、特に褒められるようなことはそもそもしていなかったし、座学成績なら一部の科目は龍司より美侑の方が点数が上、なんてことはよくある話だったから、アドバイスはもらうよりする方だった気がする。



「龍司。今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」

 謙人の言葉で、美侑は現実に引き戻された。

「遥、そっちは無事かー?」

 そして、謙人は遥に向けて手を振っている。見れば、ちょうど魔法で地面に足を下ろした遥が、美侑たちの方へやってくるところだった。

「無事!そっちは?」

「大丈夫。美侑も怪我はしてなさそうだし」

「良かった。全員無事だね」

 こちらに近づいたところで、遥が美侑に向き直った。

「美侑、危ないことはしちゃだめだよ。

 でも、助けてくれてありがとう」

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