人魚②ラスト
数分後──後ろ手に縛られ、口に猿ぐつわをかまされたあたしが、船の上に転がされていました。
「うぐっ、うぐっ」
人魚の体から剥がれた、魚のウロコが船の床に散らかります。
漁港に到着した、クルージング船から男二人
が、あたしの頭と尻尾を持って陸揚げする。
「尻尾しっかり持って、落とすなよ……人魚の上半身も魚の下半身と同じでヌメるなぁ」
クルージング船から陸に上がった瞬間を狙って、それまで大人しくしていた、あたしは体をビククッッと大きく上下させた。
「あっ! こいつ!」
「陸に上がる隙を狙ってやがった!」
男たちの手から離れ、港の地面に落ちたあたしは。
後ろ手に縛られて、口に猿ぐつわをされた状態で、ビクッビクッ跳ねて逃げ出した。
「こら、待て!」
情けない格好で逃げる、あたしの後ろから二人の男たちは追ってきた。
ニャアァ……ニャアアァ。いつの間にか、人魚の魚臭を嗅ぎつけた港のノラ猫たちも、男たちに混じって追ってきます。
(ひぇぇぇ!?)
ピョンピョン跳ねながら逃げてきた、あたしは狭い路地の行き止まりに入ってしまった。
(しまった! 行き止まりだ!)
猫に貪り喰われるか、男たちに再度捕まって、マグロの解体ショー並みの悲惨な扱いを受けるか……あたしが覚悟を決めた、その時──行き止まりの側面にあった木製の扉が開いて、中から顔を覗かせた中年女性が、あたしの体を開いた扉の中に引っ張り込みました。
「早く、店の中に入って! そこのタルの後ろに隠れて」
扉の向こう側は、港の飲み屋でした。
あたしが、タルの裏に
身を潜めたのと同時に、追ってきた二人の男が店の中に入ってきました。
カウンターのタル椅子に座っている中年女性に、男が質問する声が聞こえます。
「今、ここに人魚が来なかったか?」
「まだ、開店前だよ営業は夜になってからだよ……人魚? 知らないね、仮に知っていたとしたら」
女性が金貨が入った小袋を、カウンターの上に置く音が聞こえた。
「その人魚、あたしだったら、この値段で買うね……どうだい、競りに出すよりは高額だと思うが」
男たちは金貨が入った袋を手にすると、無言で店を出ていきました。
男たちと猫がいなくなると、酒場の女主人はあたしの手首を縛っていた縄と猿ぐつわを外してくれました。
「ぷはぁ……助かりました」
「どういたしまして、それじゃ早速、まな板に上がって……調理するから」
「ひいぃぃぃ!」
「冗談だよ、あんたアッチの世界から来た人間だね……雰囲気でわかる、あたしもアッチの世界から来た人魚だ。うたた寝して起きたら人魚になっていた」
「えっ、でも二本の足で立って? 耳も普通の耳で?」
女性が自分の耳を引っ張ると、ピョンと形がヒレみ耳に変わりました。
「この世界の人魚は、ヒレ耳を人間耳に擬態させるコトができる……あたしの下半身が二本足なのは」
立ち上がった、女性はいきなりスカートを外して、下半身を露出させました。
女性の下半身は銅色をした、金属の技巧下半身でした。
まるでストッキングでも脱ぐような、前屈みの格好になった女性が、あたしに言いました。
「よく見てな」
そう言うと女性は、スルッと技巧義足の下半身から人魚の魚身を抜きました……魚の下半身は、どうやって足の中に?
技巧下半身を床に倒して置いた、あたしと同じ人魚の姿になった女性が床で、腕立て伏せをしているような体勢で言いました。
「平成はどんな感じ……まだ、ポケ●モンGOのブームは続いている?」
「あたしがいた時代は、令和ですけれど」
「令和? なんだいそれ? あんた海に帰る気は?」
「あたし、魚介類食べれないんです……缶詰のツナくらいしか、海草もそんなに好きじゃないですし」
「それは人魚として致命的ね……あたしみたいに、技巧義足を買って陸上生活でもするか」
女性は尾ビレの先からからスルスルと、技巧義足の下半身に入り込んで立ち上がり、スカートを腰に巻いて、あたしに言いました。
「技巧義足を特注するにも。技師にそれ相当の報酬を払わないといけないからね……メンテナンス代もかかるし。
この世界で人魚が陸で金を稼いで、技巧義足を購入して生きていく方法は二つ、一つは魚市場の競りに自分から競り落とされるか……
この場合、人魚に競り落とされた金額が支払われる可能性は低い……活きづくりの刺身にでもされて終わりだ」
「もう一つの方法は」
「人魚の体を見世物にして金を稼ぐ……でも、この方法はススメられない……この童話世界では、人魚なんてノラ猫やノラ犬並みの認識しかないからね……わざわざ、ノラ猫やノラ犬に金払って見るヤツはいない」
女性の話しを聞いて、あたしは気持ちが沈みました。
「はぁ……人魚が陸で生きていくって大変なんですね」
あたしの顔をジッと見ていた、女性が言いました。
「あんた、結構美人だから……三つ目の方法がある。
少し前にコッチの世界で人魚になった女は、高飛車で体型が太めだったからジュゴンになる薬を与えて、店から叩き出したけれど。
あたしの知り合いに、人魚マニアの王子さまがいて、あんたみたいな娘がいたら紹介してくれって頼まれているんだけれど……一度、人魚マニアの王子さまと会ってみる?」
「ぜひ、お願いします♪」
後日──あたしは酒場で、人魚好きな王子さまと対面しました。
王子さまは、あたしの真珠色のウロコに覆われた魚の下半身を一目見て、気に入ってくれました。
「なんて綺麗な、魚の下半身なんだ……城に来て、一緒に住んでください」
「はい、喜んで」
あたしは、王子さまと城で一緒に住むコトにしました。
王子さまは、あたしが人魚の姿でいるコトをまったく気にしない方で。
むしろ、あたしのヌメる魚の下半身を撫で回すコトが大好きな、変態王子でした。
──王子さまは、あたしの体を購入したフィギュア人形を眺めている感覚で見ていたのかも知れません。
それでも、陸に住めるあたしは幸せでした。
王子さまと一緒に暮らしはじめて、数週間が過ぎました。
その日、あたしと王子さまは海に遊びにきていました。
ちょっとした岩場から、先に海に飛び込んで泳ぐ王子さまがあたしを海に誘います。
「君もおいで、海水が冷たくて気持ちいいよ」
「は~~い♪」
人魚のあたしは、ピョンピョン跳ねて岩場から海に飛び込みました。
ドボン……バシャン……ブクッ、ブクッブクッ…… ポクッポクッ、チーン。アーメン。
人魚が海に飛び込んだ同時刻──路地裏酒場の女主人は、タル椅子に座り少量の酒を飲みながら呟いた。
「そう言えば、人魚は長い間、陸にいると泳げなくなって溺れるって……あの娘に伝えるの忘れたな……まっ、いいか」
女主人は、酒を味わいながら、自分がいた平成の時代を思い出して微笑した。
~おわり~
授業中に寝て起きたら、なぜか人魚の姿になっとった? 楠本恵士 @67853-_-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます