疑似的な行為

疑似的な行為

　――駄目（だめ）だよー、ここ一方通行（いっぽうつうこう）だよ？　標識（ひょうしき）あったよね？　えっ？　見（み）えなかった？　見（み）てごらん？　あんなに、でかでかと掲（かか）げてあるじゃないか。すると、君（きみ）のその目（め）は節穴（ふしあな）なわけだ。じゃあ、要（い）らないよね、そんな目（め）。

　警棒（けいぼう）で、ぷちゅんてしてあげるよ。

　ほら、目（め）を開（あ）けて、怖（こわ）くないから。えっ？　痛（いた）いよ、それは。でも、大丈夫（だいじょうぶ）、数ヵ月（すうかげつ）もすれば多分（たぶん）治（おさ）まるよ、だから目（め）を開（あ）けて、あーんして、あーんじゃないか、この場合（ばあい）なんだろう？　上手（うま）い言葉（ことば）が見（み）つからないや。あーんじゃないことは確（たし）かなんだけどね。……まぁいいや、早（はや）く目（め）を開（あ）けて、目（め）を擬似的（ぎじてき）あーんして？　早（はや）く擬似的（ぎじてき）あーんして？　ほら、擬似的（ぎじてき）、あーん。

　あれっ？　よく見（み）たら目（め）が二（ふた）つ付（つ）いてるね。君（きみ）は二（ふた）つ目（め）なんだね。どうする？　音楽（おんがく）の神（かみ）になる？　それとも伊達（だて）に決（き）めるかい？

　――動（うご）かないでね？　ほら、泣（な）かないで？　泣（な）くなら左目（ひだりめ）だけで泣（な）いてくれ。やりづらくて敵（かな）わないよ、まったく、これじゃあ公務（こうむ）執行（しっこう）妨害（ぼうがい）罪（ざい）だよ、こらっ、めっ、罪（つみ）を重（かさ）ねるな、故郷（こきょう）のご両親（りょうしん）が悲（かな）しむぞ？　えっ？　地元（じもと）なのかい？　それもこの区画（くかく）？　君（きみ）、出身校（しゅっしんこう）は？　奇遇（きぐう）だね！　じゃあ君（きみ）は、僕（ぼく）の遠（とお）い後輩（こうはい）に当（あ）たるわけだ。いやぁ、感慨（かんがい）深（ぶか）いねぇ、よもや後輩（こうはい）を取（と）り締（し）まることになるとはなぁ。

　でもね、それはそれで、これはこれなもんだから。見逃（みのが）すなんてできないよ。むしろ厳（しび）しめにいくよ？　冗談（じょうだん）だよ。公平（こうへい）に、あくまで公平（こうへい）に。それが美徳（びとく）だよ、我々（われわれ）唯一（ゆいつ）のね。

　まぁ、でも先輩（せんぱい）から一（ひと）つだけアドバイス。それくらいはいいよね？

　相手（あいて）の身（み）なりを信（しん）じちゃあいけないよ？

　そして、通（とお）り魔（ま）には、気（き）を付（つ）けなくちゃあいけないよ？　

　それじゃ、まぁー、いくよ？　力（ちから）を抜（ぬ）いて。その方（ほう）が痛（いた）くないよ。どうせ突（つ）かれるなら、痛（いた）くない方（ほう）がいいよね？　論理的（ろんりてき）に考（かんが）えて？　冷静（れいせい）にね？　こっちでもね努力（どりょく）するから、痛（いた）くないようにね。だから安心（あんしん）して？　

　じゃ。いくよー。ざ、ざざー。通（とお）り魔（ま）から本部（ほんぶ）。現場（げんば）に到着（とうちゃく）、人員（じんいん）配置（はいち）も完了（かんりょう）、いつでも突入（とつにゅう）できます、どうぞ。通（とお）り魔（ま）了解（りょうかい）、これより現場（げんば）に突入（とつにゅう）します。　

　――ふー。うまくいったね。綺麗（きれい）なもんだ。日々（ひび）の訓練（くんれん）の賜物（たまもの）だね。まるで元（もと）からそうだったみたいに自然（しぜん）だよ！　綺麗（きれい）な凹（おう）だ！　上品（じょうひん）な凹（おう）だね！　うーん、テイスティ！　同（おな）じような凸（とつ）が並（なら）んでいるよりもずっと決（き）まってる！　非対称（ひたいしょう）さがいい感（かん）じだよ。まるで右目（みぎめ）と左目（ひだりめ）がデュエットしているみたいだ。

　凹（おう）……、凸（とつ）……、凹凸（おうとつ）？　凸凹（でこぼこ）？　どっちだろう？　流（な）れるような凹凸（おうとつ）？　調子（ちょうし）のいい凸凹（でこぼこ）？　どっちが相応（ふさわ）しいのかな？　君（きみ）のその非対称（ひたいしょう）さはどっちなんだろう？　悩（なや）ましいねぇ。

　日本語（にほんご）ってやつは行（い）き届（とど）きすぎてるくらいだよね。言葉（ことば）がそこら中（じゅう）に根（ね）を伸（の）ばしている。通常（つうじょう）あり得えないようなところにまで、奇妙（きみょう）に入（はい）り込（こ）んでいる。差違（さい）や言（い）い換（か）えが、おかしな繰（く）り返（かえ）しが、気持（きも）ち悪（わる）い気遣（きづか）いが。うーん、でも……テイスティ！　そこら辺（へん）も含（ふく）めてテイスティ！　言（い）うもよい！　聞（き）くもよい！　書（か）くもよい！　読（よ）むは？　うーん、やっぱりテイスティ！　ア、アエレェェーー！

　あっ、ごめんね……。私（わたし）ばっかりべらべら喋（しゃべ）っちゃって……。少（すこ）しばかり高（たか）まっちゃった……。君（きみ）の両目（りょうめ）があまりに魅力的（みりょくてき）なものだから……。あれがああしちゃって、これがこれなもんだから……。

　そうだ忘（わす）れてた……、ほら、この眼帯（がんたい）をあげるよ。当局（とうきょく）で作（つく）っててね。違反者（いはんしゃ）の方（かた）に記念（きねん）にあげているんだよ。カッコいいでしょ？　シックでオシャレでしょ？　はい、どうぞ……うん、うん、似合（にあ）うよ。……今（いま）の君（きみ）の方（ほう）がずっと素敵（すてき）だよ。

　はい、もう、いいよ、時間（じかん）を取（と）らせたね。いいかい、今度（こんど）からは交通（こうつう）ルールを守（まも）らなくちゃいけないよ？　じゃあ気（き）を付（つ）けてね。これからは、より一層（いっそう）、気（き）を付（つ）けなくちゃね？　特（とく）に右（みぎ）からの飛（と）び出（だ）しに注意（ちゅうい）すること、いいね？　さもなきゃ今度（こんど）は、目隠（めかく）しで運転（うんてん）するはめになるよ？　千里眼（せんりがん）でも無理（むり）さそんなこと。千里眼（せんりがん）は遠視（えんし）だからね。車（くるま）の運転（うんてん）には総合的（そうごうてき）能力（のうりょく）が求（もと）められるんだから。ハンディがあるなら、尚更（なおさら）気（き）を付（つ）けなくちゃいけないよ。いいかい？　安全（あんぜん）だと思（おも）った、その時（とき）が一番（いちばん）危（あぶ）ないんだからね。

　――あれ？　なんだい？　行（い）かないのかい？　どうしたの？　えぇ？　傷害罪（しょうがいざい）？　いや、そう言（い）われたら否定（ひてい）はできないよ？　でもほら、僕（ぼく）は通（とお）り魔（ま）だから。

　不公平（ふこうへい）？　うーん。弱（よわ）いなぁ。痛（いた）いところを突（つ）くね、君（きみ）は。不公平（ふこうへい）はいけない、だけど僕（ぼく）は通（とお）り魔（ま）なんだよ？　だけれど警官（けいかん）という枠組（わくぐ）みを用（もち）いて、通（と）り魔（ま）をしていることも事実（じじつ）なんだよね。線引（せんび）きが難（むずか）しいところだよ。

　でもね、指摘（してき）されてしまったなら、どうしようもない。公平（こうへい）さが美徳（びとく）なもんだから。

　降参（こうさん）だ。いいよ。君（きみ）に従（したが）おう。枠組（わくぐ）みを優先（ゆうせん）しよう。本質（ほんしつ）はこの際（さい）泳（およ）がせておこう。

　で、どうする？　えっ？　ああ、やっぱりそうか。目（め）ね。分（わ）かったよ。警棒（けいぼう）を貸（か）してあげるよ。えっ？　要（い）らない？　おいおいまさか、警棒（けいぼう）を持（も）ち歩（ある）いているのかい？　警察（けいかん）や警備員（けいびいん）でないなら、軽犯罪法（けいはんざいほう）に抵触（ていしょく）するよ？

　まさか君（きみ）、同業者（どうぎょうしゃ）？　え？　違（ちが）う？　ああ、なるほど、シガーライターね。それで目（め）を焼（や）くわけか、なるほど、これは考（かんが）えたね。……さぁ、甘（あま）んじてお勤（つと）めを果（は）たそうじゃないか。なるほど、これは新鮮（しんせん）だね。たまには、受（う）け手（て）に回（まわ）るの悪（わる）くないね。ああ、真（ま）っ赤（か）だ、熱（あつ）そうだねぇ。では、失礼（しつれい）して擬似的（ぎじてき）あーんさせてもらうよ。あ～ん……な、なんという熱（あつ）さか！　そして、なんという痛（いた）みか！　ア、アエレイヤアァァァーーー!!

　――いやー、思（おも）いの外（ほか）熱（あつ）かったねぇ、まつ毛（げ）が少（すこ）し燃（も）えちゃったよ。まぁこれはこっちの手落（てお）ちだから気（き）にしないで。つい、まばたきしちゃった。

　あ、そうだ、当局（とうきょく）オリジナルの眼帯（がんたい）を着（つ）けよう。せっかく作（つく）ったんだ。使（つか）わない法（ほう）はないよね？　む？　……うーん、少（すこ）し着（つ）け心地（ごこち）が固（かた）いな……。改善（かいぜん）の余地（よち）ありだね。でもデザインには自身（じしん）があるんだ、君（きみ）もそう思（おも）うだろ？　新（あたら）しいのができたら君（きみ）にも贈（おく）るよ。

　じゃあ今度（こんど）こそ、またね。

　えっ？

　あれっ？　手（て）に持（も）ってるそれは、何（なん）だい？

　見（み）たところ、拳銃（けんじゅう）だね。……ああ、私（わたし）から盗（と）ったんだね、いつの間（ま）に。

　君（きみ）ぃ、窃盗罪（せっとうざい）だよ、その行為（こうい）。

　おいおい、撃鉄（げきてつ）を起（お）こして、どうしたんだい？　まさか僕（ぼく）を撃（う）つつもりじゃないだろうね？

　待（ま）ってくれよ、撃（う）たれるいわれはないはずじゃないか。

　論理的（ろんりてき）に考（かんが）えてくれ、そうすれば善悪（ぜんあく）の判断（はんだん）が付（つ）くだろうさ。

　えっ？　何（なに）？　何（なん）だって？

　詐欺罪（さぎざい）？　あー。

　弱（よわ）いなぁ。

　難（むずか）しいねぇ、判断（はんだん）が。

　僕（ぼく）は通（とお）り魔（ま）で、そういう前提（ぜんてい）がまず初（はじ）めにあるわけだよ。

　まぁー、でも、うん。

　合格（ごうかく）！　

　枠組（わくぐ）み優先（ゆうせん）で！

　あっ、待（ま）って！　まず、お腹（なか）を撃（う）ってくれないかい？　あれをやりたいんだ。でもどうなんだろう？　はたして、撃（う）たれて立（た）っていられるものだろうか？　そして声（こえ）を出（だ）せるものだろうか？　それが心配（しんぱい）だ。

　おいおい、顔（かお）に向（む）けるなよ、危（あぶ）ないじゃないか。なんだい？　お腹（なか）を撃（う）ってはくれないのかい？　君（きみ）ぃ、相当（そうとう）の悪（わる）だね。この感（かん）じは、あれだね、二階級（にかいきゅう）、とく、

　……おっ？　

　ア、アエレイヤアァァァエイエイエイヤアァァァーーー!!