少年がいた夏

紫 李鳥

少年がいた夏

 


 玄関横に井戸があった。


 おけにはラムネやスイカ、トマトが入っていて、父さんのビールもあった。




 虫かごをたすき掛けにした麦わら帽子の少年は、虫取り網を置くと、井戸のポンプを押す。


 その冷たい水で顔を洗い、冷えたラムネを手にする。


「ただいま!」


「おかえり」


 台所から母さんの声。


 二階の部屋に虫かごと虫取り網を置いて、麦わら帽子を脱ぐとラムネのふたを開けた。


 ポン!


 シュワー


 ゴクッ、ゴクッ……


 ハァ~


 真上まうえにある太陽が、庭に木陰を作っている。


 窓から入る風がひたいの汗を拭ってくれた。


 階段を下りると、台所から包丁の音がしていた。


「おひる、なに?」


「そうめんにでもしようかと思って」


「ぼく、ひやむぎがいいな」


「じゃ、ひやむぎにしようか」


 母さんが笑顔を向ける。


「やったー」






 台所の窓から蝉の声が聞こえていた。――

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少年がいた夏 紫 李鳥 @shiritori

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