4章07.バレンタイン当日

 マンションに帰り、三代と志乃は一緒にお風呂で体を洗いっこした後に、あれこれと話をしていると夜が更けた。

 かちこち、と音を立てて進む秒針を見やると、あと一分も待たずに日付が変わる時刻だ。


 三代は寝室にあるベッドの上に座ると、じっと志乃を待った。

 日付が変わって14日になると同時に、バレンタインのプレゼントを食べさせてくれると志乃が数分ほど前に言い出したので、その通りにしていた。


(なんだかドキドキするな……)


 そわそわする気持ちを抑えつけるかのように、三代は妙に礼儀正しく足を揃えて、両手を膝の上に置いた。

 まもなくして――下着姿の志乃が、フォンデュ鍋を抱えて部屋に入って来た。


「お待たせ―」


 下着姿ということは、ひとまずえっちをするのは確定というのは分かるのだが、そのフォンデュ鍋は一体……?


(……そういえば)


 三代はふいに、だいぶ前に志乃が言っていたことを思い出した。

 確か、とろけたチョコを掛けて云々、というような含みを持たせた発言を初期にしていたのだ。

 すっかり忘れてしまっていたが、どうやら志乃は、その時の発言通りにとろっとろのチョコを用意したらしい。


 だが、フォンデュ鍋を持っている理由は理解出来たが……その一方で一つの疑問も湧いた。

 チョコをかけるべき焼き菓子等が一向に見当たらないのだ。

 志乃はフォンデュ鍋以外に何も持っておらず、それどころか服も脱いでいて、欲情を誘う下着姿だ。


「えっと……」


 三代が困惑していると、志乃はゆっくりとベッドに横たわり、そのまま自らの胸の谷間やおへそのあたりにチョコを零し始めた。


「……味わって食べて。彼女のチョコ盛り。ベッド汚れちゃうと駄目だから、ぜーんぶちゃんとぺろぺろしてよね?」


 どろり、と流れ出すチョコを眺めて、わざとらしい志乃の舌っ足らずな喋り方を耳にして、さすがの三代も気づいた。

 チョコをトッピングに自分を思う存分に食べて貰う――それこそが、志乃からのバレンタインの贈りものなのだ、と。


 どうにも予想外のプレゼントだが、しかし、もう三代はこうした事態になっても困惑するほど初心な男では無い。

 引け腰になんかならないのだ。


 だから、志乃の気持ちをしっかりと受け止めた。

 望まれるがままに、期待されるがままに、可愛い可愛い彼女の柔肌の上に乗ったチョコを舌先で掬って味わい始める。

 そうすることで、きちんとこの贈りものを喜んでいるのだと、行動で示していく。


「くすぐったい……ふふ……一生懸命……なんか赤ちゃんみたい」

「そうか? でも、こうしないとベッドが汚れるし、それにこんなバレンタインチョコ俺はもう我慢が……」

「うん……あっ……ちょっそこは……」


 今夜はどうにも眠れなさそうであって、そして実際にそうなった。

 基本的には三代が志乃にかけたチョコを食べる側だが、時たまに逆に志乃が三代の体にチョコをかけて、互いに味わいながらそのまま肌を重ねて……。


 気が付けば、朝日が昇るまで、二人はとろとろに繋がり続けた。

 寝室がチョコの匂いで満たされ、一日中換気をしても簡単には消えないほど濃く染みついて。

 そして、14日が日曜日で、二人ともバイトの休みを取っていたりもしたので起きてまたすぐにキスを交わして、再び一匹の牡と牝になったのだった。

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