4章06.結婚ルート確定?

「駄目……ですか?」


 高砂は下唇を噛んで涙ぐんだ。

 出来れば協力してあげたい――三代は純粋にそう思った。


 以前にテストの成績をわざと下げ、高砂と委員長の仲を遠回しに進展させたことからも分かる通り、三代個人としては暖かい目で見ていたからだ。

 しかしながら、高砂が主に求めているのは志乃の助力であった。


 つまり、このお願いを受けるかどうかの決定権を持っているのは、志乃であって三代では無いのだ。

 というわけで、志乃の様子を窺ってみると、顎に手を当てて考え込んでいるところであった。


「……それは、好きな人にあげたいから?」


 少しの間を置いて志乃が放ったのは、オブラートに包むこともない裸の一言。

 そこそこ本音で日常を生きているギャルだからこそ、考えた末に思ったことを、そのまま伝えたらしい。


 真っすぐに思ったことを口にする、ということに抵抗が薄いのである。

 これは十二分に予測が出来た発言であったこともあり、三代は特に驚くことも無かった。


 長く一緒にいると、何を言い出すのかなんとなく分かる。

 志乃が意図的に分からないようにして来ない限り、そう例えばバレンタインに何をくれるのかを隠して来たのと同じようにされない限り、おおよその見当はしっかりとつくのである。


「はわわ……」


 高砂は顔を真っ赤にして、目と口を大きく開いていた。

 三代ほど志乃を理解しているわけでは無いこともあってか、予想外の質問であったらしく動揺している。


「え、ええええ……」

「あたし、そんなに変なこと言ったかな……? 凄い真剣な顔してたし、そうなのかなって思っただけなんだけどね……。違った?」


 志乃が困惑気味に肩を竦めると、高砂は俯いた。

 素直な気持ちを露わにしたいけれど、それは簡単に出来ることではないと言いたげな反応だ。


 気持ちの整理をつける時間が欲しい、といったところだろうか。

 こういった場合においては、恋する女の子の気持ちを考えるならば、決断するまで待った方が賢明である。


 だが、それが最善だというのは分かっていても、三代も志乃もこれからバイトがあった。

 あまり長い時間は待ってあげられそうには無い。

 徐々に時間が過ぎて行き、三代と志乃は互いに顔を見合わせた。

 どうしようか、とアイコンタクトを取る。

 その時である。

 ぎゅっと目を瞑って高砂が、大きな声で言った。


「は、はい! そうです! 好きな人にチョコを渡したいんです!」


 高砂はハッキリとそう口にした。

 覚悟を決めたらしい。

 そして、想いの丈の大きさに比例したかのような大声は校舎中に響き渡り、周囲にいた他の生徒たちの視線も集めた。


 高砂は自らの声量がおかしかったことにすぐに気づき、再び赤面して慌てて手を振ってその場から去ろうとするのだが……走ろうとして動くその脚は、空回りしていた。

 志乃が高砂の襟を掴んでいたせいだった。


「なるほどね。やっぱりそうなんだ。逃げなくていいよー」

「~~~~っ」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃん。好きな人に何かをあげたいって思うのは、全然おかしくないよ? 教えてあげる。って言っても、あたしも三代もバイトあるから、今日は無理だけどね」


 志乃が微笑みながら言うと、高砂は顔から上げていた蒸気を徐々に治めて、やがてぺたんと床に座り込んで両手で顔を覆った。


「……あ、ありがとうございます。逃げようとしてすみませんでした。よ、よろしくおねがいします」


 なんだかんだと、こうして教える方向で話がまとまった。

 一件落着なようだ。

 そして、翌日になって。

 バレンタインの前日の土曜日に作ることで日時の調整も済み、あとはその日を待つばかりとなった。





 2月13日土曜日の午後。

 三代は志乃と合流を果たしてから、あらかじめ教えて貰っていた高砂の家へと向かった。

 二、三十分ほど歩くと見えて来たのは、静かな郊外の建売住宅街である。


 三代と志乃はスマホで住所を確認しながら、住宅街の中にある高砂の家を突き止めると、インターホンを鳴らした。

 ややあって、エプロン姿の高砂が出て来た。


「やっほー」

「どーも」


 軽く挨拶を行うと、高砂はぺこぺこと何度も頭を下げて来た。

 緊張しているようだ。


「こ、こんにちは。待ってました。どうぞ中に入ってください」


 高砂に言われるがままに、家の中へと入る。

 すると、志乃が鞄の中からごそごそと小さなお菓子の箱を取り出して、高砂へと手渡した。


「家に上がるし、一応の手土産ね」


 志乃のその行動に、三代は「あっ」と小さく声を漏らした。

 自分は何の手土産も持って来ていない。

 友達の家ならいざしらず、一人暮らしでも無いあまり親しくもない人の家に上がるのに、何も無しと言うのは不作法かも知れない。


 自分の不手際に三代は焦り、何か誤魔化す方法はないかと頭を捻る。

 すると、そんな三代の様子を横目に眺めていた志乃が、高砂に付け加えてこう言った。


「いま渡したのは、あたしと三代の二人からのだからね」


 なんというありがたい助け船だろうか。

 三代はホッと胸を撫でおろしながら、心の中で”感謝”の一言をデカデカと飾った。


「これはご丁寧に……あ、ありがとうございます。でも、もともと呼んだのは私で、それに今日は親も出かけていて……最初に言っておけば良かったかもです」


 気を使ったりとかしなくても大丈夫なので、と高砂は続けた。

 確かに改めて家の中を見ると、シーンとしていて、高砂以外の気配は全くなかった。


 どうやら、特別に焦る必要も無かったようだが……しかし、だからといって自らのうっかりの事実が消えたりもしない。

 似たようなことがあった場合、次から気をつけよう、と三代は心に誓った。


 まぁ何はともあれ、かくしてお菓子作りが始まることになった。

 準備はあらかじめ高砂がしていたようで、こちら側から用意するものも無く、滞りもなく時間は進んで行った。


 教えるのは志乃の役目であり、単なる付き添いで来た三代は特にすることも無かったので、ソファに座ってスマホをいじり始めた。

 すると、志乃と高砂の会話が聞こえて来た。

 少し気になる内容であったので、三代は聞き耳を立てた。


「えっ……バレンタインに、そ、そんなことをする気なんですか?」

「うん」

「す、すごいなぁ。私はそんなえっちなこと、で、出来ないですよ」


「付き合っていちゃいちゃし始めれば、自然としてあげたい気持ちになってくると思うけどね?」

「……そーいうもの、なんですかね?」

「だって相手の嬉しい顔とか喜ぶ顔とか見たくない? しっかりしたチョコを作りたいって思ったのも、だからじゃないの? それの延長線上だよー」

「それは……なるほど……確かに何もおかしくないかもですね……」


 少しばかり距離があるので良く聞き取れなかったが、バレンタイン当日の話をしているのはなんとなく分かった。

 志乃は一体何をくれるのだろうか、という興味が再び三代の中で渦巻き始める。


 だが、それはもうまもなく、明日になれば分かることでもある。

 ここまで来たら、変に聞き出そうとはせずに、純粋な明日の楽しみにしようと思い三代は首を横に振った。


(……日付が変わって14日になるまで、あと半日も無い。すぐ分かるのだから、落ち着こう)


 どきどき、と高鳴る心臓の鼓動を抑え続けていると、あっという間に夕暮れがやって来た。

 チョコ作りも終わりを迎えた。


「……お店で売っているのをみたいなの作れました」

「よくできました。あとは可愛い箱に入れてラッピングをして冷蔵庫に入れて、明日になったら渡そうね」

「あ、ありがとうございます。本当に本当にありがとうございますっ!」


 綺麗な形のチョコパウンドケーキが出来上がっている。

 味の方も問題はないようで、一つ食べさせて貰ったところ、とても美味しく出来上がっていた。


(高砂と委員長、うまく行けば良いけどな……)


 三代はそんなことを思ったのであった。





「ねぇねぇ」


 高砂の家から出て、マンションへ帰る途中に、志乃が三代の裾を掴んで引っ張って来た。


「どうした?」

「今日はね、お泊りしたいなって思ってるんだけど……」

「俺は構わないんだが、大丈夫なのか……?」

「うん。だいじょぶだよ。……彼氏の家に泊まるって、ちゃんと伝えたから。バレンタインの前日にお泊りなんて、さすがに友達の家にってウソついてもバレちゃうから」


 今までは親に隠していた三代という彼氏の存在を、志乃は伝えたと言った。

 表情を見る限り、そこまで強く引き留めにあったり、といったことは無さそうではあるが……。

 ただ、その代わりになのか、親への挨拶イベントが発生することになったようで……?


「……お父さんもお母さんも、本当に好きな相手なら好きにして良いって言ってくれて。……でも、一度顔を見せに連れて来てって言われちゃったから、今日とか明日とか今すぐに来て欲しいわけじゃないけど、そのうち家に来て挨拶して欲しいなぁ……?」


 志乃は小首を傾げながら、嬉しそうにそう言った。

 挨拶については、いずれはと三代も内心では覚悟していたことであったけれども、まさかこのタイミングで来るとは……。

 

 だが、考えても見れば、いつやって来てもおかしくない展開であったのも確かだ。

 だからこそ、内心でも覚悟していたのだから。


 三代は唾を一度呑み込むと、これは避けることが出来ない事柄なのだと悟り、迷うこともなく力強く頷いた。

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