4章05.バレンタインは女の子が勇気を出す日
時間と言うものはあっという間に過ぎていくものだ。
気が付けば1月は終わり2月に入り、10日が経過しようとしていた。
――バレンタイン。
そのイベントがもう目の前に迫っていた。
絶対に何かを貰えると分かってはいる。
だが、三代は妙にそわそわした。
大人しく当日の楽しみにするつもりではあったけれど、時間が経つに連れて、何を貰えるのか気になりだしてしまったのだ。
それとなく聞き出そうとしたこともあった。
けれども、志乃は意外と口が堅く、上手くはぐらかされてしまって結局は分からないままだ。
「んー? どしたのそわそわして?」
今日の授業が終わり放課後になって、バイトに行く前に、志乃がニヤニヤしながらそう切り出した。
「そーいえば、バレンタインまでもう一週間も無かったし? だからかな?」
「……志乃が何をくれるのか全然教えてくれないから、気になって最近ずっと眠れない」
「どうしよっかな。教えようかな? でも、楽しみにしていてって前に言ったし、やっぱり当日まで秘密にしたいっていうか」
志乃は楽しそうに笑うと、右に左にゆっくりと体を振りながら、「どちらにしようかな」と指先で弧を描き始めた。
――教えて欲しいけれど、無理には聞き出したくない。
そんな三代の気持ちの移り変わりを機敏に察して、からかい、反応を見て楽しんでいるようだ。
遊ばれている。
要するにそういうことだ。
だが、三代は苛立ったり嫌な気持ちにはならなかった。
これが好意の上に成り立っていると分かっているから、むしろ、この妙なもどかしさすらも愛おしく感じるのだ。
あばたもえくぼ、惚れた弱み等々、そういった言葉がある。
まさにそういう状態である。
好きだから全てがプラスに転じてしまうと言えば分かりやすい。
そして、当然だが男の側だけがこうなるわけではない。
女の方も同じである。
志乃も三代に惚れていて、だからこそ、通常であれば悪いなと思ってしまう困惑したその表情にも得難い”特別”を感じているのだ。
直接言葉で伝えられたわけではないけれど、彼氏として少なくない時間を紡いで来た三代には、それが分かった。
あぁ、何度言葉にしたのかも分からないが、それでもやはり二人の空間は熟した果実よりも甘くとろけている。
そして、これほどまでの甘さは周囲に拡散し、樹液を求める昆虫のように近づく者も現れるものだ。
その何者かは――今回は高砂だった。
ちゅっちゅをしながら、二人が一旦の別れを名残惜しんでいた時だ。
物陰からこちらをじぃっと見ていた高砂が、タイミングを見計らって近づいて来た。
「あ、あの……」
意を決したような、そういう話しかけであった。
一体何の用事だろうか、と三代と志乃の二人が瞬きを繰り返していると、高砂は目を瞑って勇気を振り絞るように言った。
「二人にお願いなんですけど、ば、ばれんたいんのチョコ作り、て、手伝ってください! 難しいの作りたくて、その、結崎さんにまたお菓子作りとか教えて貰いたくて……」
どうやら、バレンタインにチョコを作りたくて、志乃に助力を乞いたいようだ。
友チョコを作るといったような雰囲気ではない。
半分涙目になりながら、震えながら、ぎゅっと胸のあたりで両手を握る高砂の様子を見ればそれは分かる。
渡したい異性がいて、だからしっかりしたチョコを作りたいのだ、という展開がしっくり来る姿だ。
(でも誰に――あぁそっか、そういえば高砂は委員長のことが……)
高砂は委員長にチョコを渡したいのだ、という正解に三代はすぐに辿り着いた。
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