4章04.いちゃいちゃは忘れない

「そうだよね……たまたまだよね」

「気にするだけ意味が無いと思うぞ」

「うん。ありがと」


 三代の誤魔化しを、はじめはすんなりと受け入れた。

 信頼してくれているからなのか、それとも純粋なだけなのか、それは分からない。

 ただ、ひとまず、はじめを傷つけずに上手く回避することが出来た。

 三代としてはそれで良しだ。


「それじゃあ着替えてくるね」

「分かった」


 はじめは更衣室へと入ると、ぱぱっと着替えて出て来た。

 気がつくと業務開始までの時間が15分を切ったので、二人一緒にタイムカードを押して、そのまま仕事に取り掛かった。


 業務内容は基本ルーチンなので、同じことの繰り返しである。

 代り映えはしないが、慣れれば楽にこなすことが出来るのでそう悪くは無い。

 お陰で今日も問題無く進み、そして終わる。

 二人で道具の後片付けを行いながら、特に意味は無いが、世間話の一環として近況を語り合った。


「明日始業式で、もう学校始まるんだーってブルーな気分だよぉ」

「うちは今日だったな、始業式。……修学旅行の行き先がうちのクラスだけ決まって無いのが発覚して、三学期初日なのにホームルームで揉めてたな」


「そんなことが……。修学旅行いつなの? 僕はもう秋に行ったけど」

「学校によって時期が違うんだな。うちは3月だ。今年の」

「えっ!? 2カ月しかないじゃん! ギリギリ過ぎない!?」


 まったく持ってその通りであるので、三代は頷いた。


「そうなんだよ。だから揉めたんだ」

「だろうね……。結局どうなったの?」

「決まったことは決まった。国内はもう受け入れ先が無いとかで、海外になったけどな」


「……すごーい。こっちは北海道だったよ」

「北海道いいじゃないか。俺も行ってみたいな」

「まぁ、確かに悪くは無かったけど、でも海外行けるなら僕も海外行きたかったなぁ。どこの国に行くの?」


「……イギリス」


 三代がそう答えると、はじめは興味深げに身を乗り出した。

 距離が近い。

 だが、それを気にしたら恐らく負けだ。


「お洒落ー!」

「……さて、どうなんだろうな。一部の街並みがそうなだけだった気がするが」

「なんか知ってる風だね?」

「まぁ昔住んでたからな」

「そ、それ本当……?」

「本当。父親の仕事の関係で小さい頃に住んでいたんだ」


 以前にも触れたことがあるが、三代の父親は火山学者だ。

 イギリスは火山の無い国としても有名だが、それはあくまで”活火山”が無いというだけで、死んだ火山などの跡地は残っている。


 そういった場所の調査をするにあたって、イギリスの大学から参加要請があってという流れであった。

 日本は火山が多い国だから、火山学者の見識や経験も多岐に渡るからとか、確かそんな理由であった……と、何年か過ぎてから三代は聞かされた記憶がある。


「まさかの帰国子女……。しゅご~」

「別に凄くも無い。小さいころの事だから、かなり忘れてるしな」


 三代は肩を竦め、『ただ単に住んでいたことがある、というだけだ』と続けた。

 これは本音だ。

 それ以上でもそれ以下でも無い。

 だからこそ、イギリスとインドの二択の時も、どちらでも良いと思えていたのだ。


「そうは言っても、行ったり見たりすれば思い出すんじゃないかな? ……例えばこれとかどう? 僕は結構お花とか育てるのも好きで、色々なサイト見るんだけど、お洒落な例でブリティッシュ・ガーデンとかあるんだ。何か思い出したりしない?」


 はじめはスマホを取り出すと、三代にとある画像を見せてきた。

 しっかり整えられた色々な花が咲き誇り、芝生代わりにシロツメクサが足元を彩っている庭園である。

 見事なブリティッシュ・ガーデンだ。


 三代は画像を見つめながらしばし記憶を探る。

 そして、「あっ」と声を上げる。

 こんな感じの庭園で、誰かと会話をしていたことがあったのを思い出したのだ。

 ともておぼろげな記憶で、相手の顔は思い出せないが……。





「i'll leave for now, to japan.(僕はもう行かなきゃ。日本に行くんだ)」

「...just two second; let me say.(……待って。伝えたいことがあるの)」

「why that?(なぁに?)」


「you know... i will love――(えっとね、わたしずっと君のことが――)」

「――a wind! ...look! shower of flowers!(――突風だ! 見て! 花がいっぱい舞ってる!)」

「lovely...(綺麗……)」


「what you tried to say to me, anyway?(……そういえば、今何を言おうとしたの?)」

「...forget it.(……ううん。なんでもない)」

「i see. darn, must be time to go. take care.(そっか。……それじゃあ元気でね。もう時間が来ちゃった)」

「yeah...(うん……)」





 確か、こんな感じのことがあった。

 吹いた風に花が舞う庭園だった。

 だが、そこまでは思い出せたが、やはり相手の顔が分からない。


「……何か思い出したの?」

「いや……なんでもない」


 三代は首をぶんぶんと横に振った。

 自分の記憶もかなり曖昧だし、きっと相手も自分のことなど忘れている。

 だから、これは無かったことにして良い記憶だ。

 そう結論付けた。


「……特に思い出したことは無かった。小さい頃の記憶なんてそんなものだ」

「そっかぁ」


 この話題は終わりだと伝える為に、三代はゆっくりと瞼を閉じる。

 その時、ふいに薔薇の香りがした。


「……藤原くん、目を瞑ってどうしたの?」


 小牧の声がして、三代はハッとして瞼を持ち上げる。

 すると、薔薇の入った花瓶を手にした小牧がいた。


「小牧さん……えっと……」

「それ薔薇ですよね? わー良い香り!」


 三代が困惑していると、小牧の持っている薔薇にはじめが反応した。

 小牧は「フフン」と鼻高々に机の上に花瓶を置く。


「職場に華やかさが足りないと思って、買いに行っていたのよ。ただ、中々いい感じのが見つからなくて、ちょっと遠出しちゃった」


 姿が見えないと思っていたら、買い物に行っていたらしい。

 繁忙期が過ぎて、客足も遠のく時期に差し掛かって来たから、多少の外出が出来る余裕があったようだ。

 今日イルカショーをやらない日のようで、余計に暇を持て余していたのだろう。


 それにしても、薔薇の香りのせいで変な勘違いをするところであった。

 もしかすると記憶が蘇ったのだろうかと、三代はそんなことを考えそうになっていた。

 無くても良い記憶を思い出しても、取り扱いに困るだけだ。

 なので、思い出さずに済んで三代はホッとした。





 さてそれから。

 数分ほど小牧と話をして、それからタイムカードの退勤処理をした三代は、はじめと別れ志乃の迎えに行った。

 時間を調整しつつ、カフェに到着する。

 今日はどんぴしゃな時間に来たようで、着替え終わった志乃が三代を待とうとし始めていた所に出くわした。


 三代は一つのマフラーを志乃と二人で使いながら、一緒にマンションへと帰った。

 そして、言葉と体でお互いの愛を伝え合い、確かめ合う。

 いつものように。


「んっ……」

「はぁ……はぁ……」

「もっと……お願い……」

「愛してる……志乃……」

「他の女の子のこととか、考えちゃ駄目だからね? だから、ちゅーして、ちゅーしながら……」

「分かった」

「んっ……」


 マンションが鉄筋コンクリートで良かった。

 もしも木造なんかだったりしたならば、音や声が筒抜けになり、隣に住んでいる人から壁をドンドン叩かれていたに違いない。

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