4章02.バイトを頑張るおまじない
今日は始業式であるから、ホームルームが終わればあとは下校である。
三代のクラスも話し合いが色々と終わったことで、昼が来る前にはお開きという流れになった。
何かしら部活で動きがある人がちらほら残り、そうではない人は帰っていく。
そんな光景が校内では散見される。
三代と志乃は部活動をしていないので、そのまま帰る組だ。
出来れば、このままお散歩デートでもしたいところではあるが、今日はバイトがお互いに入っていることもあって一旦のお別れである。
「バイトを頑張れるおまじない……して欲しいな?」
志乃は頬を赤らめながら両手を広げる。
袖が長いセーターを着ているせいで、指の先しか外に出ていないのだが、萌え袖のようでなんとも言えない可愛さがある。
「分かった」
おまじない、という言い方だけでは何を求めているのか分かり辛いが、志乃の体勢を見れば彼氏たる三代にはすぐに理解出来る。
要するには”抱きしめてちゅーして欲しい”だ。
なので、三代は志乃を抱きしめるとそのままキスをした。
女の子という生き物は、”言わなくても気づいて欲しい”なんてことを思っている、という話は広く知られている。
志乃の言動はまさにその典型と言える。
――察して欲しいことを察してくれると、想いが通じ合っているってきちんと思えるの。
女の子はそういう心境になりがちで、”好きという気持ちが相互である”、ということを確認したがるのである。
肌を重ねてくっつきたがるのもそうだ。
それが言葉以外の愛情表現であり、”言わなくても通じ合えている”ということを実感出来るからに他ならない。
おまじない、という迂遠な言い方を志乃がしたのにも、そういう意図が含まれているのは明白だ。
もちろん、いつもこうなわけではない。
志乃はストレートに要求を言葉にしてくることも多く、今までの付き合いから三代もそれは知っている。
ただ、志乃もやはり女の子。
こういう回りくどい満たされ方を欲しがる時もあるようだ。
彼氏という存在は、そうした微妙なところを理解するのが大切である。
男の子は体の快楽が先に来てしまうが、女の子はそうではなくて、体が満たされるのと同じくらいに心が満たされることを重要視している。
三代はそのことに気づいていた。
だからこそ熱い抱擁とキスで答えているのであり、そうすることで志乃はとろんと幸せそうに目じりを下げるのであった。
乾燥時期の冬であっても、志乃の唇は潤いがあって柔らかく良い香りがする。
意外と努力家な志乃は普段から準備を万端にしており、ちょくちょく手入れをしているからだ。
そういう部分がなんとも男心をくすぐる。
ところで――キスをするのは構わないのだが、なんと言えば良いのかその、こういう行為をする場合には、もう少しだけ場所を考えた方が良いかも知れない。
確かに周囲に気を使って校舎裏に来てはいたのだが、部活動で走り込みをしている野球部の男の子たちがたまたま通りがかった。
そして、目が釘付けのまま全員がフェンスに激突するという、玉突き事故が発生した。
「いいなぁ……」
「結崎なんでぇ……時間を巻き戻したい……俺が告白するんだぁ……」
「時間戻せても撃沈だろ。結崎って話しかけるとすぐ逃げるし」
「つか、あんな見たことも無いような陰キャが本当どうやって結崎を……マジで羨ましい。うちのブスなマネージャーと交換して欲しいわ。結崎に「ふぁいと♡」とか言われたら俺甲子園いける自信ある」
「やっぱ催眠術じゃね。帰りに催眠術の本買ってこうかな」
「さすがにエロ本の見過ぎだろ。現実逃避するな。そんなものを買って散財して満足してるから俺らモテねぇんだよきっと」
野球部員たちがフェンスに顔をめり込ませ、口々にそんな言葉を呟いていた。
三代は見られていることに気づかず、志乃と一緒に数十秒間もちゅっちゅしていたのだった。
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