3章09.大事な一枚はちゃーんと撮ってるの
すっかりと心も体も繋がってから一夜明けて。
「またのお越しをお待ちしております」
チェックアウトを済ませ、フロントスタッフからそんなお見送りの挨拶を受けていると、奥から支配人が慌てて飛び出して来た。
「お、お待ちくださいませ!」
一体どうした事かと怪訝に思っていると……どうにも『口コミは勘弁して下さい』と再び伝えたいらしく。
「
必死さが滲み出ていた。何があっても”じゃのん”の口コミに事故の件を書かれたくないようだ。
責任者という事もあってか、支配人は極端に心配性なようだが、しかしその不安は杞憂と言える。
三代は口コミに何かを書こうとは一切思っていないのだから。
あれはどうしようもない自然災害のようなもので、それに部屋もきちんと移して貰えたし、何より怪我も無かったのだから不満は無いのである。それは志乃も同様なのも分かっている。
というか、そんな事よりもえっちの方が記憶に残っており、事故の件については実は忘れかけていた。
むしろ言われたせいで思い出してしまったまである。
まぁ何はともあれだ。
取り合えず三代は「書きませんよ」と簡潔に伝えて支配人に安心を与えつつ、志乃と一緒に駅のホームまで向かったのであった。
☆
さてそれから。
駅に着いた二人は、道中の観光は昨日に済ませていることもあり、帰りは時間の掛かる在来線ではなく上越新幹線を使うことにした。
大清水トンネルを抜けてすぐに雪景色が終わり、目まぐるしく景色が過ぎ去って行くと、いつも通りの関東のそれに変わっていく。
「あっという間だったねー。でもすごい楽しかった!」
「そうだな。ただ、写真とかもう少し撮れば良かったかもな……と思わないでもない」
昨日の観光の途中で、さりげなく二人で映る写真を撮ったりもしていた。
だが、一緒に見て周る事や会話を楽しんでいたこともあって、三代も志乃もどちらも撮るのを忘れがちとなり、撮れた枚数はそう多くは無かった。
「俺はやらないけど……志乃はSNSとかやる方だったりしないか? インスタ映えする写真とか撮れるように動いた方が良かったかなって」
三代が反省混じりに頬を掻いた。
同性のみとはいえ志乃は友達が多い。とすると、SNS等でのウケを気にしている可能性もあった。
しかし、三代の予想とは違った反応を志乃は見せた。一瞬だけキョトンとした後に、伸ばした腕の袖で口元を抑えて「くふふ」と笑ったのだ。
「ぜんぜん大丈夫だよー。あたしはインスタやってないし。っていうかSNS自体やってないかな」
「え? そうなのか?」
「うん。そだよー。やってた時期はあるけどすぐ止めちゃった。だって変なDMすっごい来るから。面倒くさいからやらなーい」
言われて三代は納得した。
学外にまで噂が広まるほどの美少女が志乃なのだから、SNSなんかやれば一気に知れ渡って、確かに色々な男からDMが飛んでくるのだろう。
男が苦手な志乃からすれば、それが面倒くさい事この上無いのが分かる。
「それに……ずっと大事にする一枚はちゃんと撮れたから」
志乃はそう言うと、ニコニコと笑いながらスマホをいじりだした。
何やら、ずっと大事にする一枚とやらを既に撮っており、それを見て頬を緩めているらしい。
一緒に撮った写真については、数が少ないからこそ三代も覚えている。
それらはどれも大事な記念写真だ。
しかし、優劣をつけるとするならば、特別な1枚と呼べるほど飛び抜けたものは無かったような気がしたのだが……。
「ずっと大事に……? いつ撮った写真のことだ?」
「うん? ナイショ。……気になる?」
「なる。どれなんだ?」
「そっか気になるんだ。でもダメ教えなーい」
どうやら志乃は教えたくないようだ。三代としては食い下がりたい気持ちでいっぱいであったが、あまりしつこくするのも考え物であったので、それ以上は訊かないことにした。
ちなみに、志乃がずっと大事にすると言った一枚は、実は三代が知らない所で撮られたものだ。三代が寝入った後にこっそり撮った寝顔の写真である。
はじめてのえっちの後の彼ピの寝顔! とかいう文字を加えて、にやにやと志乃は目元を緩ませているのである。
三代がそれを知る日は――運が良ければ来るかも知れない。
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