3章05.神は言っている。”混浴しなさい”と
行く先は新潟の越後湯沢だ。
越後湯沢までは上越新幹線を使えば1時間ちょっともあれば着くが、三代と志乃は道中を観光する為にあえて在来線を使った。
止まった駅で時たまに降りては付近の散策を楽しみつつ、ゆっくりと目的地まで進んで行く。
そして、最後に乗った上越線の列車が清水トンネルを抜けると、一面真っ白な雪景色が飛び込んで来た。
「うわ、凄いまっしろー」
「そういえば……川端康成の”トンネルを抜けると雪国であった”って新潟のことだったとかなんとか。……この景色見る限り本当だったんだな」
「かわばた……?」
「アレだ、ほら、昔ノーベル文学賞取った人。現国の教科書とかでも作品とか名前とか出て来るな」
「言われてみれば、そんな名前の人がいたような……いなかったような……」
そんな会話をしていると、電車が徐々に速度を落とし始めた。どうやら、トンネルを抜けてすぐに越後湯沢駅に到着したようだ。
完全に車両が止まってからアナウンスが流れ、ぷしゅうと空気の漏れる音と共に扉が開く。
「着いたー」
「着いたな」
時計を見ると、もう午後の4時頃だ。
冬は日が短い。
そろそろ暗くなり始める頃合いなので、二人は寄り道せず宿へ向かいチェックインを済ませた。
料金は三代が先に振り込んでいるので払う必要は無い。
「――ようこそお越しくださいました。それでは、お部屋はこちらになります」
案内された部屋は一般的なものである。
個室の露天風呂付きの空き部屋も予約時にはあったのだが……さすがに一泊の料金が高すぎて手が届かなかった。
混浴を楽しめないことを残念に思ったりはしない。それはまだハードルが高いと三代は感じていたからである。
むしろ少しばかりホッとしていた。
しかしながら、ホッとしたのも束の間だ。物事というものは、時に予想外な方向に転がるものである。
それはまるで自然現象のように訪れ、人の力では止めることなど出来やしない。
☆
「んー温泉気持ちよかったー」
「なら良かった」
「うん! ありがとね!」
男女に分かれている大浴場で各々温泉を楽しんだ二人は、浴衣に着替えると、それから宿の売店を色々と物色し始めることにした。お互いのバイト先などに持って行くお土産を買うことにしたのだ。
「お土産お土産……食べ物の方がいいかな?」
「根付みたいなものを買って行っても、趣味に合わなかったら貰った方も困りそうだしな」
「だよねー」
二人で相談しながら、取り合えず新潟産のお菓子を買った――その時である。”メキメキメキィ”と言う音が旅館中に響きわたった。音源地は二人が泊っている部屋の方角だ。
「い、今の音は……?」
「なんだろうな……行ってみるか……」
「うん……」
おそるおそるに二人は部屋へと戻る。すると、あろうことか部屋の天井に穴が空いており、室内も雪まみれになっていた。
どうやら、積雪の重みに天井が耐え切れずに陥没事故が起きたようだ。二人はポカンと口を開き、ただただ目の前の光景を眺めるしか出来なかった。
☆
それから。
三代と志乃の二人は、遅れて到着した従業員に事務所まで連れて行かれる事になった。そして、「ここでお待ち下さいませ」と言われたので、大人しく待つことに。
すると、まもなくして旅館の支配人であるという男が現れた。支配人は勢い良く上半身を直角に折って頭を下げた。
「申し訳ございません。申し訳ございません……」
何度も何度も謝る支配人に、三代と志乃は互いに顔を見合わせる。そして、しばしの無言を経て、お互いに溜め息混じりに頬を緩めて笑んだ。
事故は確かに不幸だった。だが、怪我も無かったのだ。それだけでもひとまず良しとしようと思ったのである。
「仕方ないことですよ。自然災害はどうしようもありませんから」
「ね」
二人がそう話すと、支配人が涙をすすりながらゆっくりとを顔を上げる。
「……本当に申し訳ございません。それでなのですが、お部屋を移させて頂こうと思っているのですが、お詫びと言いますかなんと言いますか……個室の露天風呂がついている一番グレードの良い部屋をご用意致しますので、1時間、いえ30分ほどお待ちくださいませ」
どうやら、お詫びのしるしに一番グレードの高い部屋を用意してくれるらしいが……。
それは、混浴する為だけにあるような、とてもハードルが高く感じて手が出なかったことに三代がむしろホッとした部屋である。
まさか、こんな予想外の経緯でそこに泊まることになろうとは……。
「お体も再び冷えましたでしょう。そのままでは風邪を引かれてしまいますので、ぜひとも当館自慢の個室風呂をお楽しみ下さいませ。24時間源泉掛け流しでございます。……ご安心ください。部屋に備え付けている机の引き出しの中にも、きちんと”アレ”をご用意させて頂きますので。分かっております。お若い男女が二人一夜を過ごすとあれば……」
三代は額から頬にかけて『ツツー』と汗を流しながら、隣の志乃を見た。すると、志乃は頬を赤く染めながら指で髪の毛をくるくると回し、柔らかく目尻を下げて眼を細めていた。
それはとても嬉しそうで、恥ずかしがってはいつつも、けれども待ってましたと言わんばかりの表情であった。
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