3章02.確かにそんなことを言っていた

 初詣は済んだが、お正月はまだ終わってはいない。街ではイベントが沢山行われているのだ。


 参加型のものだと、書初めや和太鼓の体験コーナー、カルタ大会、実際に人間が進んでいく巨大すごろく大会。


 見て楽しむようなものであれば、無料開放されている美術館や劇場があるし、巨大セットを地区一つまるごとに設営して江戸時代の下町を模したようなところもある。


 お正月は飽きることがないイベントの宝庫であり、目的地を決めずにふらふらと歩くだけでも十二分に楽しめる一日になりそうだ。


「おねえちゃん! おねえちゃん! あれやりたい! 参加料300円だって!」

「……さっきおにいちゃんにおみくじもう一回引かせて貰ったの忘れたの?」

「おみくじとすごろくは別!」

「騒いでも――」

「――思い出作りにもなるから! おねがいおねがいおねがい! 美希の思い出の為だとおもって!」

「はぁ……」


 すごろく大会に出たいらしい美希にせがまれて、志乃がため息混じりに参加料の300円を握らせた。


 事あるごとに「美希の為にはならない」と三代に対して言うことが多い志乃だが、そうは言いつつも自分自身も強く求められると折れてしまうようで、意外と三代と似たり寄ったりのようだ。


「じゃいってくるー」


 お金をもらった美希は、そそくさとすごろく会場の参加者の列に並び始めた。


 三代と志乃の二人は参加するつもりがないので、観客席に座り、美希のすごろくを外から眺めることに。


「思い出作りって言われてあたしも折れちゃった……ちゃんと美希の思い出になるといいんだけど」

「……なるんじゃないか? あんなに楽しそうだし。それにしても、あーだこーだと言いつつ、志乃も美希ちゃんにはやっぱり甘いな。優しいお姉ちゃん」

「うんー? その言い方、もしかして美希に嫉妬してる?」


 少しからかったつもりの言葉であって、別に嫉妬から出たわけではない。しかし、志乃にはそう映ってしまったらしい。

 訂正は……しなくても良いかも知れない。

 こういう時は違くても「そうだ」と言うべきところだからだ。


「そうかもな。志乃が大好きだから、美希ちゃんにも取られたくないのかも知れない」

「しょーがないなぁ。ほら」


 志乃が両手を広げたので、三代はゆっくりとその体を抱きしめ、そのまま唇と唇を重ねた。こう言う風な流れになるから訂正はしなくて良いのだ。


 あまーくとろける空気が満ちていく。それに気づいた隣の席の人が「うわあああ俺も彼女欲しぃいぃいいい」と頭を抱えて逃げ出した。





 すごろくは順調に進み、美希も終始楽しそうだった。サイコロを振る度にころころと笑顔になり、そして――幸運にも一位でゴールしてしまった。


 一位には何か賞品があるようで、美希は引換券を手に戻って来る。がめつい傾向がある美希ならきっと喜んでいる……ハズなのだが、その表情はなぜか暗かった。


「……美希ちゃん一位になったのに嬉しそうじゃないね?」

「……だってこの引換けん」


 言って、美希が引換券を見せて来た。それには、MOSHIBA製の二段調理が可能な加熱水蒸気石窯オーブンレンジ、と書かれていた。


 確かにこれは、美希の性格を考えると興味など無さそうな品物である。そんなものよりもお金をくれ、とか考える方なのは違い無い。


 しかし、そう悪い賞品ではないし、この賞品に喜ぶ者もいるのだ。すぐ隣に。


「凄いじゃん美希! これ高いんだよ~!」


 志乃である。お菓子作りが趣味な志乃からすれば、これは願ってもない賞品であったようだ。


「どうせ美希ひとりだと売れないし、かといってべつに欲しいものでもないからおねえちゃんにあげる……」

「ありがと~美希大好き!」


 志乃が美希に抱き着いた。高額な品で自分の趣味に合うものだから、宝くじにでも当たった気分になっているのだろう。嬉しそうだ。


 まぁともあれ、こうして時間は過ぎて楽しいお正月は過ぎ去っていった。


 そして――帰りの時になって、志乃がお手洗いに向かった隙に、ふいに美希が三代の服の裾を引っ張って来た。


「どうしたの?」

「……ところでおにいちゃん、クリスマスプレゼントの件わすれてない?」

「え……?」

「おねえちゃんが喜んだら、美希についかでおだちん払うって」


 言われて思い出した。

 確かにそんな会話をしたような気がしないでもない。


 一時は「本当に大丈夫なのだろうか」と思った時もあったが、結果的にクリスマスの時のプレゼントに志乃が喜んでくれているらしいのは事実である。


 三代は顎に手を当て考える。そして、お年玉という形で美希にお小遣いを渡すことにした。年上が子どもとの約束を破るのは教育上よろしくないから、とも思ったからだ。


 取り合えず、志乃が戻って来る前に財布の中身を確認する。一万や五千円はさすがに多すぎると思ったので、千円札を三枚ほど渡すことにして、急いで目の前のコンビニでポチ袋を買って詰めた。


「ふへっ……」


 美希は渡されたポチ袋からすぐさまにお札を取り出すと、指で数えてピンと弾き、ニヤりと笑った。


 もしかすると、あげない方が教育上良かったのかも知れない。美希の性格を考えると。だが……まぁ今回ばかりは仕方が無い。

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