2章24.普通は変態って思うんじゃないかな
「ふぅん。藤原くん彼女いるんだ……?」
小牧が値踏みするような視線を送って来た。
疑っているような感じである。
小牧は三代のことを”地味”という風に見ている節があるので、彼女がいるという事実を意外に思っているのが分かる。
「いますよ。彼女」
「……どんな子?」
「言わなきゃ駄目な感じですか……?」
「もしかして本当はいなかったり?」
「いますってば……」
「じゃあ教えて」
小牧は妙にしつこかった。
きちんと証明しなければ、ずっと食い下がられそうな感じである。
――仕方が無い。
三代はため息を吐くと、スマホを取り出して志乃の写真を見せた。
「この子ですよ」
「うわっ凄い美少女……これは私じゃ勝ち目がない」
小牧は案外、本気で三代を狙おうとしたのかも知れない。
勝ち目、という単語が反射的に口から出て来たのはその為だろう。
「はぁ……。お姉さん彼氏欲しいんだけどな」
「小牧さんの年齢が分からないからですが、少なくとも成人は過ぎているように見えますが、それで高校生男子を狙うのは危険な香りが」
「そんなに歳は取ってないよ? まだ25だし」
「10歳近く離れてますよ……?」
三代がなるべく丁寧に窺うような口調で訊くと、小牧は目を泳がせた。
結構な歳の差があることを自覚してくれたらしい。
☆
その後も続いた研修は、特別な問題も起きずつつがなく終わった。
館内をぐるりと回って案内を受けつつ、『こういう風に』と箇所ごとの掃除の仕方を簡単に教わっていると、気が付けば18時だ。
「……研修はここまでです。他には特に無いかな。シフトについては後で暫定版を連絡するから、問題があればその時に教えてくれればOKです」
一仕事終えた、とでも言いたげに小牧は額を拭うと、「後は帰って大丈夫」と続けた。
三代とはじめは着替えて外へと出る。
「……ねぇ藤原くん。さっき小牧さんとの会話が聞こえて来たんだけど」
水族館の外に出てすぐの所で、唐突にはじめが呟くようにそう言った。
「小牧さんとの会話……?」
「うん。藤原くん彼女いるんだ?」
「あぁそれか。まぁいる」
「凄い美少女って聞こえて来たんだけど……僕にも見せて!」
はじめが腕に縋りついて来た。
志乃を見たいそうだ。
三代は少し悩んだが、写真を見せることにした。
小牧に見せたのにはじめには見せない、というのは、人に優劣をつけているようで気分が悪くなるからだ。
「ほらこの子だよ」
「ヤバイくらいの美少女……。モデルとかアイドルより可愛いんじゃないかな。っていうかこの子もしかして結崎志乃さん……?」
「そうだが……」
「凄い有名だよ! 僕の学校でも噂になるくらい!」
学外でも志乃が有名なのは三代も知っているが、改めてそれを聞くと、なんとも言えない気持ちになってくる。
我儘な独占欲なのは理解しているが、些か苛立ちを覚えた。
自分の彼女なのだから、もう噂にもしないで放っておいてくれ、という思いが湧いて来るのだ。
三代が眉をしかめていると、ふいに小さな風が吹いた。
はじめから甘く柔らかい匂いがして、それは志乃の匂いと同じだった。
「今の匂い……」
「うん?」
「いや、なんか佐伯の方から良い匂いがしたなと思って」
「良い匂い……? あーもしかして香り付きのハンドクリームかも。ほら、少し嗅いでみて」
はじめが手の甲を差し出して来た。
嗅いでみると、確かにそこから匂いがしていた。
「これジルの新作なんだ。デパコスの定番ブランド。可愛いデザインのパッケが多いからプレゼントとかでも人気あるヤツだよ」
男のはじめがどうして女の子用のコスメを使っているのか?
という点はさておき。
プレゼントとかでも人気――その言葉に、三代はビクっと反応した。
「プレゼント……? クリスマスとか誕生日とか、そういう時のプレゼントとしてか……?」
「そうだよ?」
「……そうか。ところで、ちなみになんだが」
「どうしたの?」
「もしも女の子がプレゼントで下着とか渡されたらどう思うだろうか? それも結構えっちなヤツ」
「貰う女の子の性格次第だろうから、よく分からないけど……普通は変態って思うんじゃないかな?」
ぶわっと嫌な汗が三代の体中から噴き出した。
志乃へのクリスマスプレゼントでえっちな下着を用意してしまったが、確かに、普通に考えたらそれは変態の所業でしかない。
美希に乗せられるがままに買ってしまったが、考えても見れば、小癪な性格をしている美希がマトモに協力してくれるワケが無いのである。
もう十分に楽しめたから、といって美希は早々に帰っていた。
その理由が今になってようやく分かった。
後のことを想像するだけでも、もうそれだけでも楽しいからだ。
だが、いまさらになってその事に気づいても、別のプレゼントを買う金銭的な余裕が無いので品物を変えることは出来ない。
今の三代に出来ることは、『どうか志乃に”変態”と思われませんように』と祈ることだけである。
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