2章23.彼女がいるとモテ始める謎の現象

 三代がコソコソと着替えを済ませてトイレから出ると、はじめが待ってくれていた。


「俺の事は気にせず先に行ってくれても良かったんだが……」

「そんな悲しいこと言わないでよ~。僕は一緒の方が良いな。もっと藤原くんと仲良くなりたいし。なんなら腕とか組んじゃう?」


 男同士で仲が良いと腕を組むものなのだろうか?

 友達がいないこともあって、三代にはあまりよく分からないが……認識としては、腕を組むのは恋人同士の行いだ。

 志乃と頻繁に腕を組むが、それは彼氏彼女だからこそだ。


「……腕は組んだりを男同士でやるのは何か違う気がするな」


 三代がそう呟くと、はじめはツンと口を尖らせる。


「男同士でも仲が良ければ腕を組むくらいするよ? 今時はそんな感じだよ?」

「そ、そうなのか?」

「なーんてね。冗談冗談」


 三代はホッとした。

 自分の認識や常識がズレているのだろうか、と一瞬だけ焦ってしまった。


「えへへ」


 してやったり、と言わんばかりにはじめは満面の笑みを浮かべていた。

 意外と調子がいい性格をしているのかも知れない。





「さてそれじゃあ仕事の手順というか研修なんだけれど……まぁその、そこまで習熟が必要な何かがあったりはしません。大体はこの紙に書いてある通りに進めてくれれば良いかな。特別な技術や技能は何も必要無し!」


 小牧から渡された紙を眺める。

 館内のモップ掛けや水槽の窓ふき、設置されているゴミ箱の整理回収、それと館外周辺のゴミ拾いやその分別等と書かれていた。


 注意書きとして、水槽の中の落水清掃の手伝いというのもあるが、これは責任者が指示を飛ばすからその通りにすれば良いそうだ。


 複雑そうな仕事は無い。

 これならば、確かに特別な技術や技能は何も必要が無さそうである。


「まぁだから、研修と言っても、とりあえず雰囲気をざっくり掴んで貰って終わり。もちろん今日の分もきちんと勤務時間として計上するからね。……それじゃあ外のゴミ拾いから始めようか」


 小牧がカチカチと火箸を鳴らし、三代とはじめの二人は頷く。

 かくしてゴミ拾いが始まり。

 ほどなくすると分かれ道に遭遇したので、ひとまず三手に分かれ、袋が一杯になったら水族館に戻って来ることになり。


「そこまで急がなくてもいいからね」


 小牧のそんな言葉もあり、三代はのんびりとゴミを回収していった。すると、20分が経つ頃にはゴミ袋の半分がもう埋まってしまった。

 普段道を歩いている時はあまり気にならないのだが、仕事として注意深く見ていると、案外ゴミが落ちている。


 ゴミ袋の中を改めて確認して見ると、空き缶、紙コップ、コンビニ弁当の空、吸い殻など色々である。


「結構綺麗な街並みだと思っていたんだが……意外とゴミが落ちているものなんだな」


 感慨深げに頷きながら三代はゴミ拾いを続ける。そして、ゴミ袋がいっぱいになった所で踵を返した。





 三代が戻ると、ゴミ袋をいっぱいにした小牧とはじめの姿があった。

 どうやら一番最後になってしまったらしい。

 少しのんびりし過ぎたかなと若干不安になるが、話を聞くと二人とも今さっき戻って来た所だったらしい。

 そんなに待たせたわけではないと知って、三代は安堵した。


「それじゃあ次は集めたゴミの分別を始めます」


 小牧の号令によって拾ったゴミの分別が始まる。


「どう……? 地味な作業でしょ?」


 ふいに、小牧が三代にそんなことを聞いて来た。

 言外から感じるニュアンス的に、「やっぱりやりたくない」と言われることを危惧しているのが見て取れる。


 清掃の仕事は、小牧が以前に言ったように、若い人がやりたがらない職種だ。

 街中で見る清掃員を見ればよく分かる。

 そこそこ歳を取っている人が多く、若者は滅多に見ない。


 しかしながら、長年ぼっちを経験し、暇つぶしとはいえ勉強という単調な作業を繰り返して来た男が三代である。

 こういう地道な仕事を嫌がったりはしない。


「個人的には、こういう仕事も結構面白いと思いますよ?」


 三代が淡々とそう述べると、小牧は嬉しそうに笑った。

 余計な心配だったと知って安心したようだ。


「藤原くんはしっかりした良い男になりそうだよね。お姉さん唾つけとこうかな?」


 冗談なのか本気なのか分からないが、仮に本気だったとしたら非常に困る話を小牧が出し始めた。

 なので、三代はすぐさまに「もう唾はつけられているのでやめてください」と丁重にお断りを申し入れた。

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