2章21.必死なウサギ
「変な顔してどしたの?」
「……ちょっとデカいうさぎと出会ってしまって、なんともいえない気持ちになっているというか」
「うさぎ……?」
「なかお――いや、なんでもない。それよりも、ほらミルクティー」
思わず口走りそうになった名前を呑み込みつつ、三代は志乃にミルクティーを渡して隣に座る。
カップを受け取った志乃は、早速ちうちうとストローを吸って飲み始めた。
「……おいちい」
あまり喉が渇いていなかったので、三代は自分の分を買って来ていない。
志乃が飲み終わるのを待った。
ニコニコ笑ってミルクティーを飲む志乃を眺めていると、なんだか穏やかな気持ちになれた。
三代は自然と微笑む。
「……あれ? そういえば、三代は自分の分の飲み物買わなかったの?」
三代の視線に気づいた志乃が、そんなことを訊いて来た。
「俺はそんなに喉が渇いてないからな」
肩を竦めて端的に理由を述べる。
そこにウソは一つもない……のだが、志乃は途中まで飲んだミルクティーを差し出して来た。
「じゃあ半分こにしよー。あたしはもう半分飲んだし、あとは三代が飲んで。もともと買って来て貰ったものだし……」
志乃は口を尖らせて申し訳なさそうにしていた。
抱く必要はない罪悪感を抱いたらしい。
これを断ると、恐らく志乃は次に頬を膨らませ始めると三代は予想したので、「分かった」と受け取る。
「じゃあ貰おう」
「うん!」
志乃が使っていたストローに、三代は何の躊躇いもなく口をつける。
一応間接キスだ。
だが、三代が動じることは一切無い。
既に本当のキスを何度もしている仲だからである。
☆
「今日は意外とのんびり過ごせたねー」
「そうだな。……そろそろ電車が来るな。気をつけて帰れよ」
「うん!」
そんな会話をしながら、三代は志乃が電車に乗って帰るのを見送った。
――ガタンゴトン。
音を立てて去って行く電車が見えなくなってから、駅のホームに掛けられている時計を見ると、22時を指している。
(家に戻ったら少し勉強をして、あとは深夜アニメを見て寝るだけだな)
そう思い、三代が帰路に着こうとするとスマホが鳴った。
「志乃か……? いや違う。これ差出人不明のメッセージだな」
届いていたのは、電話番号で送られてくるSMSである。
最初は親からの久しぶりの連絡かとも思ったが、親の連絡先はきちんと入っているので、名前が表示される。
今回のSMSはただ電話番号だけが載っていた。
未登録の相手からの連絡だ。
取り合えず内容を確認して見ると、『今日保健室で見たことは誰にも言わないでくれ。お願いします。なんでもしますから』と書いてあった。
保健室で見たこと――その文言だけで差出人が誰か分かる。
「中岡先生……」
三代は親と離れて暮らしていることもあり、連絡網の連絡先を自分の番号にしている。
そのことは中岡も当然に知っている。
つまり、連絡網が三代に直通する連絡先であるのを知ったうえで、直接メッセージを送って来たのだ。
通話ではなくあえてSMSにしたのは、恥ずかしさゆえだろうか?
まぁそれはともあれ。
特に言いふらすつもりもないので、三代は『先生どうしたんですか? 俺は何も見ていませんが』と返した。
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