2章21.必死なウサギ

「変な顔してどしたの?」

「……ちょっとデカいうさぎと出会ってしまって、なんともいえない気持ちになっているというか」

「うさぎ……?」

「なかお――いや、なんでもない。それよりも、ほらミルクティー」


 思わず口走りそうになった名前を呑み込みつつ、三代は志乃にミルクティーを渡して隣に座る。

 カップを受け取った志乃は、早速ちうちうとストローを吸って飲み始めた。


「……おいちい」


 あまり喉が渇いていなかったので、三代は自分の分を買って来ていない。

 志乃が飲み終わるのを待った。

 ニコニコ笑ってミルクティーを飲む志乃を眺めていると、なんだか穏やかな気持ちになれた。

 三代は自然と微笑む。


「……あれ? そういえば、三代は自分の分の飲み物買わなかったの?」


 三代の視線に気づいた志乃が、そんなことを訊いて来た。


「俺はそんなに喉が渇いてないからな」


 肩を竦めて端的に理由を述べる。

 そこにウソは一つもない……のだが、志乃は途中まで飲んだミルクティーを差し出して来た。


「じゃあ半分こにしよー。あたしはもう半分飲んだし、あとは三代が飲んで。もともと買って来て貰ったものだし……」


 志乃は口を尖らせて申し訳なさそうにしていた。

 抱く必要はない罪悪感を抱いたらしい。

 これを断ると、恐らく志乃は次に頬を膨らませ始めると三代は予想したので、「分かった」と受け取る。


「じゃあ貰おう」

「うん!」


 志乃が使っていたストローに、三代は何の躊躇いもなく口をつける。

 一応間接キスだ。

 だが、三代が動じることは一切無い。

 既に本当のキスを何度もしている仲だからである。





「今日は意外とのんびり過ごせたねー」

「そうだな。……そろそろ電車が来るな。気をつけて帰れよ」

「うん!」


 そんな会話をしながら、三代は志乃が電車に乗って帰るのを見送った。

 ――ガタンゴトン。

 音を立てて去って行く電車が見えなくなってから、駅のホームに掛けられている時計を見ると、22時を指している。


(家に戻ったら少し勉強をして、あとは深夜アニメを見て寝るだけだな)


 そう思い、三代が帰路に着こうとするとスマホが鳴った。


「志乃か……? いや違う。これ差出人不明のメッセージだな」


 届いていたのは、電話番号で送られてくるSMSである。

 最初は親からの久しぶりの連絡かとも思ったが、親の連絡先はきちんと入っているので、名前が表示される。


 今回のSMSはただ電話番号だけが載っていた。

 未登録の相手からの連絡だ。

 取り合えず内容を確認して見ると、『今日保健室で見たことは誰にも言わないでくれ。お願いします。なんでもしますから』と書いてあった。


 保健室で見たこと――その文言だけで差出人が誰か分かる。


「中岡先生……」


 三代は親と離れて暮らしていることもあり、連絡網の連絡先を自分の番号にしている。

 そのことは中岡も当然に知っている。

 つまり、連絡網が三代に直通する連絡先であるのを知ったうえで、直接メッセージを送って来たのだ。


 通話ではなくあえてSMSにしたのは、恥ずかしさゆえだろうか?

 まぁそれはともあれ。

 特に言いふらすつもりもないので、三代は『先生どうしたんですか? 俺は何も見ていませんが』と返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る