2章20.そして、アラサー女教師はウサギになった
三代は志乃とまったりと学祭を回った。
他クラスの出し物は様々で、何かの展示会をやっている所もあれば、体育館でライブや劇を行うところもあった。
中には、お化け屋敷なんて一風変わった催しを考えたクラスも。
「少し疲れたー」
「大丈夫か?」
気遣いの言葉を掛けると、志乃が目を×にして「おんぶ~」と言って来たので、三代はすぐにおぶってやることにした。
急いで回ったり、長時間歩かせたわけではない。
だから、実際にはそんなに疲れていないのは分かっている。
志乃は単に甘えたいのだ。
もっとも、甘えると言っても色々と気を使っているらしく、三代が無理なく出来る範囲のお願いしかしてこない。
常に妹の美希を見ているからか、甘えにも限度があるということを自然と理解しているようだ。
しかし――そんな風に一歩引いた甘えだからこそ、三代の『甘えさせてやりたい』という気持ちが余計にくすぐられる。
と、まぁそんな気持ちになりながら歩いていると、長椅子を発見した志乃が、そこに座りたいと言い出した。
三代はゆっくりと屈んで志乃を降ろす。
「……さて、それじゃあ志乃が座って休んでいる間に飲み物でも買ってくるか。何か飲みたいものはあるか?」
「大丈夫だよー」
「彼女の為に動いた、という彼氏らしい行動を俺に取らせて欲しいんだが」
「……ありがと。それじゃあミルクティー飲みたいな!」
「了解――ああいや”りょ”か。了解の短縮系だから、確かこういう時に使う言葉だったよな?」
「そだよー」
☆
それは、三代がミルクティーを買った帰りのことだった。
通り掛かった保健室の中から変な声が聞こえて来て、思わず三代は立ち止まった。
「ぴょ、ぴょーっん」
「中岡先生、まだ恥ずかしさが残っていますね。うさぎさんっぽくないです」
「いや、さすがにこの歳でこの格好でうさぎの真似はな……」
「大丈夫ですって。全然イケますよ。私たちまだギリギリ若者ですから。ギリギリ」
「そうか?」
「そうですそうです。アラサーは若者ですよ。……それじゃあ、本当のうさぎさんの気持ちになってもう一度ですね。いち、にい、さん――はい」
「ぴょーん!」
なにやら「ぴょーん」という言葉が聞こえて来る。
中で一体何が行われているのだろうか?
なんとなく気になって、三代がそおっと保健室の扉を開けると――そこにはバニーガールの格好をした中岡がいた。
女性の養護教諭の手拍子に合わせて、両手を頭に当ててうさぎの耳を作りながら尻を振り、「ぴょーん。ぴょーん」と言っていた。
「先生……何をしているんですか?」
三代が呟くように問うと、中岡と養護教諭は同時に振り返り、目を丸くしながら固まってじんわりと脂汗を額に浮かべる。
「先生……?」
再び問いかけながら、三代は床にある段ボール箱に気づいた。
段ボール箱の隙間から見えていたのは、出し物中止に伴って中岡が押収した衣装たちである。
中岡はどうやら、バニーガールの衣服を勝手に拝借して、そしてうさぎの真似をしていたようだ。
「中岡先生……」
「……ぴ、ぴょん。違うんだぴょん。ここにいるのはウサちゃんなんだぴょん。中岡なんて女はいないんだぴょん」
三代はすぐに保健室の扉を閉めた。
なんとなく、見なかったことにしてあげた方が良いと思ったからだ。
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