2章20.そして、アラサー女教師はウサギになった

 三代は志乃とまったりと学祭を回った。

 他クラスの出し物は様々で、何かの展示会をやっている所もあれば、体育館でライブや劇を行うところもあった。

 中には、お化け屋敷なんて一風変わった催しを考えたクラスも。


「少し疲れたー」

「大丈夫か?」


 気遣いの言葉を掛けると、志乃が目を×にして「おんぶ~」と言って来たので、三代はすぐにおぶってやることにした。

 急いで回ったり、長時間歩かせたわけではない。

 だから、実際にはそんなに疲れていないのは分かっている。


 志乃は単に甘えたいのだ。

 もっとも、甘えると言っても色々と気を使っているらしく、三代が無理なく出来る範囲のお願いしかしてこない。

 常に妹の美希を見ているからか、甘えにも限度があるということを自然と理解しているようだ。


 しかし――そんな風に一歩引いた甘えだからこそ、三代の『甘えさせてやりたい』という気持ちが余計にくすぐられる。


 と、まぁそんな気持ちになりながら歩いていると、長椅子を発見した志乃が、そこに座りたいと言い出した。

 三代はゆっくりと屈んで志乃を降ろす。


「……さて、それじゃあ志乃が座って休んでいる間に飲み物でも買ってくるか。何か飲みたいものはあるか?」

「大丈夫だよー」

「彼女の為に動いた、という彼氏らしい行動を俺に取らせて欲しいんだが」


「……ありがと。それじゃあミルクティー飲みたいな!」


「了解――ああいや”りょ”か。了解の短縮系だから、確かこういう時に使う言葉だったよな?」

「そだよー」





 それは、三代がミルクティーを買った帰りのことだった。

 通り掛かった保健室の中から変な声が聞こえて来て、思わず三代は立ち止まった。


「ぴょ、ぴょーっん」

「中岡先生、まだ恥ずかしさが残っていますね。うさぎさんっぽくないです」

「いや、さすがにこの歳でこの格好でうさぎの真似はな……」


「大丈夫ですって。全然イケますよ。私たちまだギリギリ若者ですから。ギリギリ」

「そうか?」

「そうですそうです。アラサーは若者ですよ。……それじゃあ、本当のうさぎさんの気持ちになってもう一度ですね。いち、にい、さん――はい」


「ぴょーん!」


 なにやら「ぴょーん」という言葉が聞こえて来る。

 中で一体何が行われているのだろうか?

 なんとなく気になって、三代がそおっと保健室の扉を開けると――そこにはバニーガールの格好をした中岡がいた。


 女性の養護教諭の手拍子に合わせて、両手を頭に当ててうさぎの耳を作りながら尻を振り、「ぴょーん。ぴょーん」と言っていた。


「先生……何をしているんですか?」


 三代が呟くように問うと、中岡と養護教諭は同時に振り返り、目を丸くしながら固まってじんわりと脂汗を額に浮かべる。


「先生……?」


 再び問いかけながら、三代は床にある段ボール箱に気づいた。

 段ボール箱の隙間から見えていたのは、出し物中止に伴って中岡が押収した衣装たちである。


 中岡はどうやら、バニーガールの衣服を勝手に拝借して、そしてうさぎの真似をしていたようだ。

 

「中岡先生……」

「……ぴ、ぴょん。違うんだぴょん。ここにいるのはウサちゃんなんだぴょん。中岡なんて女はいないんだぴょん」


 三代はすぐに保健室の扉を閉めた。

 なんとなく、見なかったことにしてあげた方が良いと思ったからだ。

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