2章18.知らないうちに周囲の生きる希望に
学祭当日が訪れた。
一般の人の立ち寄りはもとより、他校の生徒や大学生のような人たちの姿も見え、活気に溢れている様相が広がっている。
土日だから、というのもあるのだろうが、三代はこの光景に驚いた。
1年生であった去年は、スルーの不参加を決め込んでいたので、ここまで人が集まる学祭だと知らなかったのである。
クラスの出し物である喫茶店の裏方を志乃と一緒に手伝いながら、三代はふいに窓の外を眺める。
慌ただしく動く人の波が見えた。
三代はぼっちであったから、今まで、こうした行事に積極的に関わることが無かった。
自分には縁が無いと思っていたから、気にしないようにしていた。
しかし、実は憧れを持ってはいた。
オタクだけあって学園モノのアニメや漫画も沢山見るのだが、そうした創作物の中で、学校行事は活気に溢れ楽しさで満ちていたからだ。
そうした時間を自分も過ごして見たい、輪の中心に入ってみたいと思った時があったのである。
だが、それは以前までの話でもある。
今はあまりそう思っていない。
憧れよりも大事にしなければならない現実を獲得して、そちらに忙しいからだ。
「ちょっとそこの蜂蜜取ってー」
「これか?」
「うん」
志乃の隣に並んだからこそ分かった。
知ってしまった。
穏やかに過ぎる何の変哲もない恋人との時間と、それに伴う安らぐこの気持ちが、憧れよりもずっと大事なものなのだ、と。
「追い蜂蜜ー」
「さらに蜂蜜かけるのか? 甘くなりすぎないか?」
「それは蜂蜜の種類にもよるかな? 蜂さんがどんなお花から蜜取って来たかで味変わるからね。これはほら、栗の花って書いてあるから少し苦味あるよー」
「花によって味が変わる……言われて見ればそれもそうなのか。ところで、蜂蜜って言えばハニーって言うよな」
「……ちょっとあたしのことハニーって呼んでみて?」
「ハニー」
「やだー凄いふわふわする!」
ただ、その、周りの目をもう少し気にした方が良いかも知れない。
周囲にいる裏方作業のクラスメイトたちは、以前に手伝ったことがある高砂を含めて、地味なタイプの女の子が多い。
だから、志乃と三代のやり取りは刺激が強かったようで。
目を逸らして手元がおろそかになっていた。
砂糖と間違えて、塩をドバーっと入れてしまう子も出て来てしまう始末だ。
「……私も彼氏欲しいな」
「がんばらないとね。藤原くんが結崎さんみたいな美少女をゲットしたんだから、逆パターンで私たちも超絶イケメンをゲットできるかも」
「四楓院くん……」
「藤原くんと結崎さん見てると、なんかこう、恥ずかしい気持ちと同時に生きる希望も湧いてくるよね」
「だよねだよね」
甘さに当てられると、自らも糖分を摂取したくなるのだろうか。
そんな会話が聞こえて来る。
☆
――二時間が経過したところで、ある情報が裏方に入って来た。うちのクラスの喫茶店が一番好評であるというものだ。
注文が次から次へと入って来ており、裏方も慌ただしくなって来ているので、誤報では無さそうである。
しかし、やっていることは喫茶店だ。
人が沢山集まるような大きな催しものではないのだが、一体どうして人気になっているのだろうか?
なんだか理由が気になって、三代は現場をちらりと覗き見ることにした。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの男性客だ。
女性客が一人もいないのだが……その原因はすぐに分かった。うさ耳や猫耳をつけた女子たちが接客をしており、間違いなくそれが理由だ。
服装もガーターベルトを使用した、些かキワドイ感じのものである。
要するに、男のスケベ心を煽って大量に釣っているのだ。
「普通の喫茶店じゃなくてこういう嗜好の喫茶店か……」
思わず目を覆いたくなるが、振り返ってみれば、最初からこういう路線であるのは分かり切っていたことだった。
例えば、志乃はキワドイ格好をする手伝いを拒否していた。
これはつまり、そんな衣装を最初から用意していたということである。その時点で、普通の喫茶店ではないのは誰の目にも明らかだ。
と、その時である。
三代はいきなり服の襟首を誰かに掴まれた。
振り返ると委員長がいた。
「何をしているんだ藤原くん! 男は外で宣伝だぞ! さぁこの看板を持って!」
看板を渡された。
それには『可愛い女の子がキワドイ格好でにゃんにゃん接客してくれるにゃん』と書いてあった。
(多分これ、教師にバレたら凄い怒られる感じのヤツだろうな……)
三代は、そこはかとなくそんなことを思った。
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