2章16.男の娘feat.チャイナドレス

 女だと思っていたら男だった――こういう時、どう反応をすれば良いのかが三代には分からない。

 リア充のコミュ力おばけならば、あるいは瞬時に正しい答えに辿り着くのかも知れないが、つい最近までぼっちだったのが三代である。

 ただ戸惑うしか出来なかった。


「藤原くん、急にそっぽ向いてどうしたの?」

「い、いやなんでもない……」


 どうにか頭を捻って出した結論はスルーだった。


「……変な藤原くん?」


 こてん、とはじめは小首を傾げる。

 本人に自覚があるのかは分からないが、そのあざとい仕草は妙に可愛かった。





 バイトの面接官がやってきたのは、三代とはじめが出会ってから、更に10分ほどが経過した頃だ。


「ごめんなさい。待たせてしまったわね」


 そう言って現れた女性の面接官は、格好が少し変だった。

 なぜかラバースーツを着用している。

 三代が訝しげな視線を送ると、面接官の女性はすぐにそれに気づいた。


「……この格好は、イルカの調教を先ほどまでやっていて、だからなの」


 小さな水族館というくらいだから、大型の生き物は扱わないのだろうと三代は思っていた。

 だが、イルカがいるらしい。


「いくら小さな水族館と銘打っていたとしても、何か目玉が無いとお客さんも来ないでしょう? だから、毎日ではないけど、イルカショーをやるっていうことになって」


 求人票にはきちんと目を通したつもりであったが、イルカショーをやる等と言う文言は一切無かった。

 しかし――三代が応募したのはあくまで清掃だ。

 どのような生き物がいようとも、それは仕事内容には関係が薄いので、募集する側も恐らく必要が無いとして書かなかったのだろう。


「それじゃ面接を始めます、と。……まず履歴書を見せて欲しいな」


 言われて、三代は脇に抱えていた封筒を手渡した。

 隣のはじめも履歴書をきちんと持って来ていたようで、差し出していた。

 面接官の女性は履歴書を見比べると、


「どっちも高校生なんだ? まぁそんな感じの見た目だけど。……それで、部署の希望はどっちも確か清掃だったかな。藤原くんは雰囲気的になんか分かるけど、佐伯くんは女の子みたいに可愛い容姿しているのに勿体ない」


 遠まわしに『君は地味だから』とディスられている気がしたが、それはひとまず横に置くとして。

 どうやら、はじめも同じ清掃希望だったらしい。

 意外である。


 男なのに女の子にしか見えないその容姿を鑑みれば、人前に出るような部署に応募していてもおかしくはないのだが……。

 三代は横目にはじめの様子を窺う。

 すると、なぜか顔を真っ赤にして俯いている所だった。


「あの、その、前のバイト先で僕無理やり変な格好させられて……それがすごく恥ずかしくて。……女の子用のチャイナドレスを着て接客やらされて、変な目で見て来るお客さんとかもいて……」


 人前に出ない清掃を選んだのには、それ相応の理由があったようだ。

 辛い思いをしたのだろう。

 はじめは今にも泣きそうな顔になっていた。


「そ、そうなのね。何か悪いこと聞いちゃったかな。……ごめんなさい」

「いえ、僕の心が弱いのが悪いんです」


 失礼だとは思いつつも、三代は一瞬だけ、チャイナドレス姿のはじめを想像してしまった。


 普通に可愛い感じになるな――と思ったのだが、その時、突如として脳内に志乃が現れた。

 ハムスターのように頬を膨らませた志乃が、両手をぶんぶんと振って、三代の妄想を消しに来たのだ。


(邪な気持ちで想像したわけではないんだ。すまない志乃……)


 実際に見つかったわけではないのだが、三代はつい心の中で謝罪してしまった。

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