2章13.世界はそれを青春と呼ぶんだぜ
「――ボクはクラス委員長としてやることがある」
そう言うと、委員長は鼻息を荒くしてどこかへと去った。
何やら忙しいらしい。
とりあえず、三代と志乃は調理実習室へと向かうことにした。
調理実習室の中には一人の女の子がいた。
おさげな髪型の小柄な小動物のようなその子は――高砂まひろ――という、クラスでも地味で目立たない方の生徒である。
「んしょ、んしょ……」
めん棒で生地をぐいぐい伸ばしている。
高砂はしばしその作業を続けていたが、こちらの気配に気づくと振り返った。
「あのっ……えっと……結崎さんに藤原くん……?」
小動物のような雰囲気と見た目らしく、高砂はびくっと体を震わせた。
そして、あわあわと部屋の隅へと移動して縮こまる。
本人に悪気はないのだろうが、なんだかオバケ扱いをされているようで、なんともいえない気分になってくる。
「……その、俺たち学祭の準備を手伝おうと思ってたんだが、どこいっても断られてな。そうしたら、委員長がここに行けと」
三代が頭を掻きながら手短に事情を説明すると、高砂は『委員長』という言葉に反応を示した。
「四楓院くんが……?」
委員長のことを委員長として覚えていたので、三代は何気に初めて委員長の苗字を知った。
四楓院、というらしい。
「……なんかカッコイイ苗字だったんだな、委員長」
こそこそと耳打ちをすると、志乃もコクコクと頷いた。
同じく本名を知らなかったようだ。
「委員長は委員長って覚えてたから、ちょっと驚き」
「志乃もその覚え方か。俺もだ」
「同じー」
委員長の苗字についてひそひそと話していると、高砂がおっかなびっくりに近づいて来た。
「て、手伝ってくれるですか?」
本当に手伝ってくれるのか疑っているらしい。
手伝う気はきちんとあるので、もちろん二人とも肯定した。その気が無ければ、そもそも最初からここには来ないでばっくれている。
☆
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何度も何度も何度も、高砂は頭を下げて来た。
その理由は、目の前の皿に乗っているクッキーを見れば分かる。
「……なんか、その、凄い色だな」
三代は皿から一つ手に取るとまじまじと眺める。
凄い色をしているクッキーであった。
七色なのだ。
「ある意味お洒落だし……こういうお菓子もあることはあるけど……多分そういうのと違う感じというか……」
志乃も反応に困っていた。
何やら嫌な雰囲気をこのクッキーから感じ取っているらしい。
だが、見た目で判断するのは早計だ。
食べてみると案外美味しい可能性もある。
「食べてみるか……?」
「ま、まぁ見た目と味は別なコトもあるし……?」
三代と志乃は同時に口の中にクッキーを放り込み――
――嫌な汗を体中から噴き出してそのまま倒れた。
☆
「本当にごめんなさい。ごめんなさい……。私って何をやっても駄目で……」
すっかりグロッキーになり、椅子を幾つか繋げてベッド代わりに寝転がる三代と志乃に対して、高砂は再び謝罪を重ねる。
「これはヤバイ……」
「これを出したら悪い意味で大問題になるかも……」
二人がよろめきながら起き上がると、高砂が今にも泣きだしそうに瞳を潤ませ始めた。
「ほ、他の調理班の人達はちゃんと出来てて、でも私だけこんなだから、一人で練習してて……四楓院くんは頑張ればなんとかなるって言ってくれたけど……でも……」
手伝ってやってくれ、と委員長が言った理由が分かる。
確かにこれは助けが必要だ。
三代はあまりお菓子作りに詳しく無いので、適切な助言が出来ないが……志乃がいれば大丈夫だ。
お菓子作りが得意なのだから。
三代が志乃をちらりと見ると、意図を察してくれたようで、ニコッと笑って高砂の肩をポンポンと叩いた。
「あの、えっと……」
「大丈夫だし。あたしこう見えてお菓子作り得意だから、きっちり教えたげるー」
☆
日が沈みかけて、もう夕暮れ時だ。
新たに机に置かれた皿の上には、普通のクッキーが置かれており、高砂は嬉しそうな表情で感極まっていた。
「すごい……普通のクッキー作れました……」
「ね? 簡単でしょ?」
「はい! ありがとうございます!」
少しは時間が掛かるかも知れない、と三代は思っていたが、特に躓くこともなくあっさりと良い結果が出た。
志乃が想像以上に教え上手なお陰であった。
思い返して見れば、日頃から、小癪な性格をしている美希の相手をしているのが志乃である。
そうした経験があるからこそ、不器用ではあっても大人しく言うことを聞いてくれる高砂に教えるのは楽であったようだ。
「基本通りレシピ通りに作れば、何も問題なしー」
「は、はい」
「変な隠し味とかは、慣れないうちは入れない方が良いよ? 多分だけどワサビとか入れてたでしょ?」
「……入れました。……あと色つけたくて、絵の具とかも」
「……そ、そーなんだ。次からは絵の具は絶対に入れなくて良いからね。色つけたいなら、ちゃんと着色料とかそういうのがあるから」
まぁ何はともあれ、お手伝いは無事解決はした。
というわけで、手短に調理実習室から去ることにして――三代はふと、高砂の様子が少しおかしいことに気づいた。
頬を染めながら両手で顔を覆い、高砂はぶつぶつと何かを呟いている。
「……頑張ったから、四楓院くんも褒めてくれるかな。……い、いや、でもでも、きっと私の他にも良いって思ってる子いるよね。いつも一生懸命なところがカッコいいから、それに気づいてるの私だけじゃないよね」
今の季節は秋だ。
つい最近三代は志乃と紅葉を見にいったばかりでもある。
だがしかし。
今目の前で、それとは真逆の春が訪れようとしているような、そんな雰囲気が漂っていた。
「三代どーしたの?」
「なんでもない。ただ、なんかこう、むずむずしてくるなって」
「……?」
「なんとなく志乃にちゅーしたくなったなって」
「そういうことかー。じゃあ、はい」
志乃が瞳を閉じてくれたので、三代は静かにゆっくりとその唇に唇を重ねた。
特別なことは何もないただのキス。
別に今する必要は無くて、マンションに帰ってからでも良いのだ。
でも、それでも、なんだかしたくなった。
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