2章12.お手伝い

 時刻は21時を少し回った頃まで進んで。

 志乃と三代の二人は、マンションで今日を振り返っていた。


「土下座なんて初めて見たな」

「だね……」


「それにしても、委員長曰くはあと一週間くらいで学祭って話だったが、それだともうどこも大体終わりまでの作業の目途が立っている気はするんだけどな。……手伝いが欲しい所ってあるのか?」


「うーん……聞けば多分どこかあるかも? 残り時間少ないからこそ、慌ててるとこもあるかもだし。明日はあたしもバイト休みだから一緒に探そ」

「分かった」


 二人は同時に欠伸をした。最近、志乃と三代の行動がシンクロするようになって来ている。

 付き合いだすと、段々と恋人同士は似て来るとはよく言われるが、どうやらそれは本当らしい。


 まぁとはいえ。

 ここまでお互いの距離が近くなってなお、ほんの僅かな隙間がまだ見え隠れする時もあるのだが。

 しかし、その隙間は二人の意識していないところで、時間の経過と共に徐々に確実にくっ付いて埋まっている。


 何気ない日常の積み重ねが、そういう方向を向いているのだから。





 ――さて翌日。

 三代と志乃は、クラスメイトたちに「手伝いが必要ないか」と訊いて回った。

 しかし、どこの反応もあまり芳しくは無かった。


「いや間に合ってるから大丈夫だ……というか、仮に忙しくても甘い空気を吸いながら作業はしたくないから拒否る……」


 と、男子生徒からはそう言われ。


「……カップルで手伝う? 彼氏いない歴=年齢の私に喧嘩売ってるのかしら?」


 女子生徒からはそう言われる始末である。


 このようにして断られ続けながら、しかし諦めずに声掛けを行うと、求めてくれるところにようやく当たった。


 それは、志乃の友達のそこそこ綺麗所が絡むお手伝いだ。

 客寄せの一員として、当日に少しきわどい格好で給仕として志乃にも出て貰えれば、という話だった。


 だが、このお願いについては、志乃が「彼氏以外にきわどい格好を見せるのは無理」と断ったことで立ち消えになった。


「……駄目かぁ」

「彼氏を理由に出されたら諦めるしかないって。っていうか、私らってこういう撒き餌的なことを志乃に頼もうとする癖あるけど、そこらへん反省必要かも。……合コンで男を集めて連絡先交換して学祭に引っ張って仲良くなる計画も、志乃ブーストありきで進めてたりとかさ」


 志乃の友達がぽろっとそんなことを言った。

 男を志乃で釣るつもり、というのは聞かされていたが……。

 どうやら、釣った後にも続く計画があったようだ。


「……彼氏作りしたいなら、別に学外に目を向けなくても探せば良さそうな男が校内にもいそうな気はするんだけどな」

「多分だけど、大学生とか狙ってたんだと思うな。同い年くらいの男の子は眼中に無いんだと思う。年上に憧れる子って結構いるし」


 そう言われて、なんとなく納得出来た気がする。年上に憧れるというのは分からないでもないからだ。

 男の子だって、年上のお姉さんに憧れる時期を経験する者は多い。


 話題にする女優やグラビアアイドルなんかも、年齢を見れば大体が高校生よりは幾らか年上で、二十歳前後とかそれぐらいだったりするのだ。

 それの女の子版ということなのだろう。





 しばし時間は過ぎた。

 三代と志乃は、体育館裏の階段で仲良く並んで座っていた。


「……結局手伝う場所無かったな」

「うん……」


 カァー、カァー、というカラスの鳴き声を聞きながら二人が溜め息をつくと、ふいに人影が覆いかぶさって来た。

 顔を上げると委員長がいた。


「……手伝う場所はないかと聞いて回っていたそうだな。やる気を出してくれたようで何よりだ」

「どこも手伝い必要ないって言われたけどな」


 三代が肩を竦めると、委員長は眼鏡をくいっと掛け直し、校舎のとある一角を指さした。

 あそこは調理実習室だ。


「手伝いが必要ない? そんなことはない。喫茶店で出す料理の練習をしている子がいるのだが、ぜひともその子の助けになってくれたまえ」


 助けを必要としている人がいるらしい。

 委員長の口ぶりから察するに、そこでは今までのように断られるようなことも無さそうである。


「結崎くんとかは料理得意だろう? あんなイチャついてる弁当を作って来るくらいなのだからな」


 委員長のどこか棘のある口調はスルーすることにして。

 ともあれ、料理の練習をしている女の子を助ける、という役目が降って湧いて来た。

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