2章10.楽しみ

「おっ、来たな彼氏くん」

「どうもです」

「さささ、志乃ぴっぴもそろそろ上がりだから、それまでここでお待ちをー」

「はい」


 カフェに着くと、さくっと隅の席に案内され、すぐさまに彼氏特典のお菓子と紅茶が差し出された。


 出されたものを味わいつつ、志乃が出て来るまでの間、三代は何気なしに店内をぐるりと一度見回した。


 既に日が落ち始めているということもあり、室内は当然に照明がついている。暗めだが暖かい電球色の明かりである。


 それから、BGMとしてジャズが流れていた。

 三代はあまりこの手の音楽には詳しくは無いが、それでも知っているイントロのメロディーだった。


 某有名アニメのED曲”は○めてのチュウ”である。


 海外でジャズにアレンジされている、と話題になっていたのを以前ネットで目にしたことはあった。

 だが、こうして実際に耳にするのは初めてだ。

 こうやって聞いてみると、なんともお洒落できゅんと来る曲だったということが分かる。


「ありがとうございましたー」


 ふいに、働いている志乃の姿が遠巻きに見えた。

 元気そうだ――と思っていると、三代を席まで案内してくれた店員が、志乃にこしょこしょと何かを耳打ちした。

 すると、志乃がすぐにこちらを見てにこっと笑い、小さく手を振って来た。

 どうやら迎えに来たことを伝えてくれたらしい。





「待った?」

「そんなに待ってない」


 店を出ると、二人は手を繋いで歩き出した。

 向かう先はマンションであり、その道中で、そのうち流行るかも知れないらしいたい焼きを志乃が買った。


「ねぇねぇ」

「うん?」

「あーんして食べさせて!」


 志乃からたい焼きを渡されたので、三代は言われた通りにした。


「……ほら。あーん」

「もう一回!」


 何回でもどうぞ、と三代は志乃が満足するまで「あーん」を繰り返してあげることにした。

 志乃は意外と甘えん坊だ。

 妹の美希がいたりすると、しっかりしているような態度を取りがちだが、二人きりになると甘やかして欲しいオーラを全開にしてくる。


 普段から気を張りがちだから、きっとその反動なのだろう。

 家では長女としてふるまい、外に出れば苦手な男たちへの警戒をし続けていて、気が休まるのは三代と二人でいる時だけなのは察しがつく。


 だから、三代はなるべく志乃を甘やかす方針を取っている。

 普段から頑張っているのだから、甘えられる時間も必要だろうと思っていた。


「よしよし。……今日もバイト頑張ったな」

「うん!」


 頭を撫でて褒めれば、志乃は本当に嬉しそうに笑うが、これは三代だからこそだ。

 別の誰かが同じことをしてもこうはならない。

 何をされたかではなく、誰にされたのかが重要であって、それはそのまま志乃にとっての三代の存在の大きさを示してもいる。



『――クリスマスまでもう少し! 今年のクリスマスを楽しむ準備は出来ているかな~?』


 街中を歩いていると、巨大スクリーンの宣伝が視界に入った。

 来月のクリスマスに関連した広告であり、三代と志乃は思わず立ち止まる。


「……クリスマスだね」

「そうだな」

「25日にシフト入れる代わりに24日は休み取ったんだ。一日中一緒にいようね」

「分かった。……ところで、クリスマスプレゼントを用意しているんだ。楽しみにしていてくれ」


 三代がプレゼントと言った瞬間に、志乃の耳がぴこんと動いた。


「え? 何かくれるの?」

「まぁクリスマスだからな」

「凄い楽しみ! っていうか、あたしもクリスマスに何かプレゼントしようと思ってたから、三代も楽しみにしててね!」


 三代はいつもクリスマスを一人で過ごしていた。

 特にすることもなく勉強ばかりしていたのだ。

 しかし、今年は志乃がいる。

 きっと、いつもよりも楽しくて嬉しい聖なる日になるのだと――そんな予感が胸の内を埋め尽くしていた。




~~~~

※:注釈

 何年か前に少し話題になっていたので、知っている方もいるかとは思いますが、海外でジャズアレンジされた”は○めてのチュウ”は実際に存在しておりまする。(*‘ω‘ *)


 ラスマス・フェイバーというスウェーデン出身の方が出したアニメソングのカバーアルバムの中に入っている一つですね。


 世界に広がって親しまれて愛されている……そんな日本のアニメや漫画があると言うのは、凄く嬉しくなります。

 私もそういう作品を作りたいです。(/・ω・)/

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