2章09.捉え方の問題

「おにいちゃん、ちょっとヘンタイさんっぽい顔になってた……」


 どうやら、邪念を振り払う直前の顔を、美希に見られてしまっていたらしい。

 そんなことを言われた。

 三代はコホンと咳払いをして誤魔化しつつ、努めて冷静な表情を無理やり作った。


「その下着は……少し大人すぎる気がするな。お兄ちゃん的に」

「そうかな? おにいちゃんが変なもうそうしただけじゃ――」

「――と、とにかく。もっと普通のにしようか」

「じゅーぶんこれも普通だと思うけどね……。みるひとの捉えかたのもんだいだよ」


 そう言われると、この下着を選ばないことこそが、自分自身の邪念を証明してしまっているように思えて来るから不思議だ。


 三代は下唇を噛み締めながらも、しばし考えて決断を下す。

 えっちなことを考えていないのだと証明する為に、美希の持つ下着を購入することに決めた。


「……やっぱりお兄ちゃんもこれが良いかな」

「きゅうに態度かえたね?」

「そんなことないよ。よく見るとこれは可愛いし、志乃に似合うと思うんだ。そう”可愛い”からね」

「……ま、なんでもいいけど」


 美希はじとっとした視線を向けて来たものの、色々と察してくれたのか、それ以上は深堀りして来なかった。


 まぁ何はともあれ、あとは支払いを済ませて帰るだけだ。

 三代はそそくさとレジに向かった。


「お願いします」

「はい。2万4千580円になります」


 店員から伝えられたその金額に、三代は目を丸くした。

 値札の確認はしていなかった。

 しかし、まさか万を超える値段になるとは思ってもいなかった。


 三代は知らなかった。

 胸が大きい女性用の下着は種類が少なく、デザインが良いものは特別に値が張ることを。


「いかがなさいましたか?」

「い、いえ……なんでも……ありません」


 だが、これで志乃の喜ぶ顔が見れるのならばと、動揺しながらも財布を取りだし支払いを済ませる。

 プレゼント用なので店員に包装もして貰った。


「おにいちゃんなんで泣いてるの……?」

「そんなことないよ……」


 三代は一人暮らしゆえに、毎月決まった日に生活費が親から振り込まれる。

 しかし、決して多くを渡されているわけではない。

 今回まさかの諭吉が羽ばたく事態となり、少し明日からの生活がキツくなりそうだった。


 まぁだが、三代には後悔は全く無い。

 これで志乃の喜ぶ顔が見れるのならば是非も無いからだ。


(なんというか……バイトとかしたくなってくるな……)


 ふと、そんなことを思った。


 季節的にそろそろ冬休みも近いのだが、その時に、少し遠くへ出かけてみようといった話にもきっとなる。

 お金が当然に掛かるのだ。


(アルバイトについて色々と調べてみるか……)





 さてはてそれから。

 マンションに帰ってプレゼント用の下着を押し入れに隠していると、美希が「そろそろ帰る」と言い出した。


 時刻はまだお昼前なので、随分と早いお帰りだが、美希としてはもう十分楽しめたから構わないらしい。


 楽しめる要素がどこにあったのか、三代には良く分からなかったが、帰ると言うのであれば引き留めるつもりも無い。

 小さい子どもだから、明るいうちに帰った方が良い。


「……ところで、美希が今日来たことはおねえちゃんにはナイショね?」


 駅まで送って行くと、美希がそんなことを言い出した。

 無断で来たことを志乃が知ったら怒るだろうから、秘密にしておいて欲しいらしい。


 色々と助言を貰った恩もあるので、元から三代に告げ口をする気は無かった。

 なので「分かった」と頷く。

 すると、美希はホッと一息をついて笑う。


「んじゃまたねーおにいちゃんー」

「またね」


 扉が閉まり、電車が徐々に進み始める。

 三代は手を振り美希を見送った。


「さて、時間も空いたし……」


 三代は再びマンションへと戻ると、早速アルバイトについて色々調べ始めることにした。

 良さそうなバイト先を次々にチェックしていく。

 そうこうしていると、すっかりと外が夕焼けに染まり始めていた。


 時計を見ると、午後の5時を少し過ぎたあたりである。

 志乃は今日午後の5時半までバイトであり、そろそろ終わる頃合いだ。

 三代は手短に準備を済ませると、志乃の迎えに向かった。

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