2章05.紅葉

 記念公園には、ちらほらと人の姿が見えた。

 秋デートの定番と言うだけあって、手を繋いで歩いているカップルもいれば、ベンチに座って会話を楽しんでいるカップルもいた。

 綺麗に彩り染まる葉が舞う中で、各々の時間を過ごしているのが分かる。


「綺麗だね……」

「そうだな……」


 三代と志乃の二人は、手を繋ぎながらゆっくりと紅葉を見て回った。

 辺りは静かだ。

 ただただ過ぎていく時間の中に身を任せる。

 とても落ち着いた雰囲気が妙に心地よくて、こういう過ごし方も悪くはないなと三代は思った。


 気が付くと、もう夕方だった。

 日も暮れてきて徐々に辺りも薄暗くなって、紅葉がライトアップされていく。


「光ったー」

「だな」


 夜に映える紅葉を、三代と志乃の二人はじっと眺める。

 ただ見ているだけでも隣にいるだけでも、それでも、近くなっている心の距離がもっと近くなっていくような……そんな気がした。



 それから。

 色々と歩き回ったということもあってか、志乃もだいぶお疲れになったようで、帰る段階になって欠伸をし始めた。


「ふぁぁぁ……」

「疲れたか?」

「ちょっとね……」

「ちゃんと帰れるか? 電車の中で寝過ごしたりしないよな?」

「わかんない……」


 志乃が眠そうに瞼をこする。


「……少し休んだ方が良いな。ほら、背中に乗れ」


 今の志乃を歩かせ続けるのは危険だ。

 そのうち、ふらふらと建物か電柱にでも激突しそうに思えたので、三代はおぶってやることにした。

 志乃がよじよじと背中に乗って来る。


 ふいに、落ち着くような匂いが鼻先を掠めた。

 志乃の匂いだ。


 良くは分からないが、志乃からはいつも安心出来るようなほんのりとした良い匂いがすることが多い。


「……ごめんね」

「謝らなくて良い。駅についたら起こすから、それまで眠ってろ」

「うん……」


 背中に志乃の胸が当たったが、先ほどと違い三代は気には留めなかった。

 今はゆっくり眠って休んで欲しい――そんな気持ちでいっぱいであり、邪な考えが入る隙が無かったからである。


 駅に着くまで掛かった時間は僅か三十分ほど。

 すぅすぅと寝息を立てる志乃を起こさないように、なるべく揺れないように一定のペースで歩いた。


 すると、そんな努力の甲斐もあってか志乃も少しは休めたようで、電車が来る頃にはしっかり歩けるようになっていた。


「それじゃあまた明日な」

「うん。明日。……お別れのちう」


 電車のアナウンスが流れる中、二人はついばむような軽いキスをする。





 志乃を見送った後、三代は自分自身も幾らか疲れていたことに気づき、家に帰ってすぐにお風呂に入った。

 暖かいお湯に浸かると、じんわりと体が楽になっていくのが分かる。


「ふぅ……」


 なんだか、充実感のある日々をここ最近過ごせている。

 その理由は考える必要もないほどに単純なことで、恋人が出来たことで生活に張りが出たからだ。


 志乃は本当に良い影響を与えてくれている。

 だから、三代は浴室の天井を見上げながら思った。


 ――大切な毎日を与えてくれている志乃に、言葉や行動だけでなく何か形に残るものでも感謝を贈って伝えたい。

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