2章01.そのままでいーの!
最初に三代が連れて行かれたのは美容院だった。
セットしていない無造作ヘアのような頭をまずどうにかする、という方向で話が進んだからである。
「そ、それで今日はどんな感じにしたいのかな……?」
ギャル5人に引きずられて来店した地味めな男子に、美容師も額に汗を浮かべ困惑していた――というのはさておき。
どんな感じにしたいと言われても、もともと来るつもりが無かったのだから、三代も答えに窮した。
とはいえ、どんな事情があろうと席に座ってしまったのも事実だ。
何か注文を出さないといけない。
三代は悩む。
すると、ギャル5人が美容院に置いてあるメンズ雑誌を片手に、好き勝手にこの髪型が良いと美容師に伝え始めた。
「これ、これでお願いしまーす。サイドがっつり刈り上げて男らしいツーブロで」
「駄目駄目。藤原はそれよりこっちの麦茶風王子マッシュの方がいいよ。こっちのが可愛い」
「あーしは海外男子っぽくこのスキンヘッドを推したい」
「うわ出たよハゲ好き。ってかハゲにしたらさすがに志乃もガチギレでしょ。……ウチはこれがいいな。ちょいパーマ入れてるこのウルフ。じゃこれで」
「ちょ待って。センターパートのがいくない? 今年の流行りだし色気もあるし」
取り合えず、人を玩具にするなと言いたい。
三代が「遊ぶのはやめてくれ」という念を込めた視線を向けると、5人はそれを機敏に察知したらしく、何食わぬ顔で急に方向転換を始めた。
「ま、一番重要なのは志乃が喜ぶかどうかだよね」
「うんうん」
「ちょっと好き勝手言いすぎかもね。ゴメンネ藤原」
形ばかりの謝罪を受け取りながら、けれども『志乃が喜ぶかどうか』というワードには三代も反応した。
拉致同然で連れ出された改造計画に思うところはある。
しかしだ。
結果的に志乃が喜んでくれるのなら、頑なに拒否することでもないと思わないでもないのだ。
「で、その肝心の志乃の好みって?」
「志乃は男苦手だから、どういう男が良いかとかそういう話になると、めっちゃ逸らすんだよね」
「データ無し」
「でも藤原を選んだくらいだし、地味な感じが良いんじゃない?」
「それだと、清潔感ある無難な感じにって頼むしかないと思うケド」
「面白くないけど、それが一番なんじゃない?」
志乃が喜ぶかは分からないが、取り合えず変な髪型にはされ無さそうだ。
三代も「まぁそれなら」と提案を受け入れることにした。
そして、意見が纏まったことで、一斉に注文を出され困惑していた美容師が安堵の息を吐いていた。
美容院で髪を整えるというのは、こうして終わりを迎えたが――改造はもちろんまだまだ続く。
その後も服やら靴やらと三代は連れまわされた。
気づいたら21時も近づいており、そこまで時間を経てようやく全てが終わった。
☆
三代の見た目はすっかりと変わり、5人のギャルから値踏みするような視線を向けられていた。
「うーん。雰囲気は変わった」
「派手じゃないけどね」
「派手じゃないのは地味イケ目指して努力した結果だからしょーがない」
「地味だけどカッコイイって案外難しい」
「まぁ努力した甲斐はあったと思う。若手俳優的な感じは出せた。もしくはアイドルグループの中の一番地味なヤツ」
自分が今までと違うのは三代にも分かる。
確かに、どことなく若手俳優的な感じはあるかも知れない。
雰囲気だけではあるが……。
「これなら今度の合コンでも大丈夫っしょ」
「うんうん」
合コンのことはひとまず後で考えるとして、何はともあれ、これで少しは志乃も喜んでくれるだろうか?
反応が気になり、三代はそわそわしだした。
後は帰ってバイト終わりの志乃が来るのを待つばかりで、時間的にもそろそろだ。
三代はスマホで時間を逐一確認し始める。
すると、急にギャル5人が同時にニヤニヤと笑い出した。
「ねぇ藤原。実はあたしらさっき志乃に連絡入れたんだ。そろそろバイト終わる頃だろーし。そしたらすぐ来るってさ。……ほら来た来た」
なにやら志乃を呼んだらしい。三代が振り返ると、息を切らしながら走って来る志乃の姿が見えた。
志乃は勢い良く三代に抱き着くと、半泣きの顔でいきなり頭をわしゃわしゃと掻きまわして来る。
美容師に折角セットして貰った髪型が、あっという間にぐしゃぐしゃになってしまった。
「し、志乃……?」
「だめー! かっこよくなったら駄目! 他の女の子が寄って来ちゃう! やだ! みんなも勝手に人の彼氏を改造しないで! 前のままでいーの! そのままでいーの!」
どうやら志乃は、彼氏が格好良くなったと喜ぶよりも、他の女の目に止まる可能性の方を考えてしまったようだ。
今回の改造で、三代の見栄えは確かに多少は良くなった。
だが、元が別にイケメンでもなんでもない普通の男の子なのであって、取られる心配と言うのは恐らく必要が無いのだが……。
なんというか、その、誰が見ても分かるくらいに志乃が完璧に惚れているのが分かる。
一連の流れを眺めていたギャル5人が、志乃の泣きじゃくる寸前の顔と言葉に顔を赤くして一斉に横を向いた。
あれだけ調子の良かったギャル達も、ただの惚気を見せつけられて恥ずかしくなったようだ。
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