13.妙に具体的な

 戸締りをして三人で買い物の為に外へ出る。

 そして、お菓子の材料をどこで買うかという話になったのだが……そこでひと悶着が起きかけた。


 製菓材料専門店に行こうとした志乃に対して、美希が異を唱えたのである。「どうせ行くなら、ゲームセンターもあるデパートの方が良い」と言い出したのだ。


 このような経緯で勃発しかけた姉妹喧嘩でもあったが、しかしながら、最終的に開戦を迎えること無く落ち着くことになる。


 美希がひそひそと小声で何かを言った途端に、志乃が急に考える素振りを見せ、「仕方ない。デパートにしよう」と態度を軟化させたのだ。


 どんな言葉を使って美希が志乃を説き伏せたのか? それは、眺めていただけの三代には分からないことである。



 さてそれから。

 デパートに着くと同時に、美希はゲームセンターをめざとく見つけると、二人が買い物をしている間はここで待っていると言った。


「美希、はい500円」


 ただ待つだけは退屈だろうから、と志乃が美希にお小遣いを渡した。

 500円玉だ。


「……UFOキャッチャー数回しかできないや。これだとメダルゲームじゃないと時間つぶせないかな」

「何を我儘言うの。あたしだってお金持ちじゃないんだから」

「わかってるよ……」


 美希が眉を寄せて唸った。金額に不満があるらしい。


(まぁ、遊びたい年頃だよな……)


 三代は浅く息を吐くと、財布から500円玉を取り出して美希に握らせた。


「おにいちゃん……?」

「これで1000円になったね。少しは長く遊べるんじゃない? でも、これ以上は駄目だよ。お金だって湧いて出て来るほどあるものじゃないからね。それと、お姉ちゃんを困らせるのも駄目」


「ありがとう! 分かった! ……ふふふ、お小遣いくれたお礼におにいちゃんに教えておこうかな」

「教える……?」

「耳貸して」


 耳を貸してと言われたので貸すと、こしょこしょとこう言われた。


「……おねえちゃんね、意外とおっちょこちょいなんだ。階段とか踏み外しちゃうときがあるの。だから、そのときはちゃんと抱きとめて怪我しないように守ってあげてね。今日は踏み外すと思うから」


 それは妙に具体的な……言うなれば、まるで起きることが分かっているかのような忠告だった。


 まぁ、姉妹だからこそ分かることがあるのかも知れない。

 三代は「分かった」と短く頷いた。

 すると、美希はそのままゲームセンターの中へ駆けて行った。


「……美希にお金を渡さなくていいよ。ごねれば貰えるって覚えちゃう」


 隣に来た志乃に溜め息混じりにそう言われ、三代は肩を竦めた。


「別にいっぱい渡したワケじゃないし、お姉ちゃんを困らせないようにっても言ったから大丈夫だろ。……それに、お出かけしたら遊びたいって思うのが子どもだしな。今日くらい良いんじゃないか」

「……藤原って子どもが出来たら凄い甘やかしそう」


「そうか?」

「そうだよー。なんとなく結婚後の生活が想像出来る。優しいパパって感じ」


「そう言われても、そもそも俺は結婚出来るかどうかも怪しいけどなぁ。ぼっちだし」

「それは今までは……でしょ?」


 意味深な志乃の呟くような言い方に、頭を撫でた時からくすぶり始めていた「もしかして結崎は……」という思いが強くなっていく。


 どういう意味なのか訊き返したくなった。


 しかし、もしも期待した答えと違っていたらと考えると怖くて、だから結局は聞くことが出来なかった。




 その後、どういう味が好きとか嫌いとかそういう話をしながら、買い物は滞りなく普通に進んだ。

 そして――帰りの時である。

 三代が美希の忠告を忘れかけてしまった時に、それは起こった。

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