09.一緒にお菓子つくろ

 ――早すぎる。


 まさか1分と経たずに返信が来るなんて、三代は予想だにしていなかった。額に汗を掻きながらごくりと唾を呑み込む。


「と、取り合えず返信が来たんだから、何か返さないとな……」


 あたふたしたながら文章を考え始める。すると、悩んでいる間に志乃から追撃でメッセージが届いた。


 ――約束守ってくれてありがとー。

 ――いつ来るのかなーってどきどきしてた!


 どうにも志乃は、一文ずつ往復するといったことは考えていないらしい。手紙ではなく口頭に近いやり取りである。


(こっちの返事を待たずに、どんどん送ってくるのか。そ、そういうものなのか?)


 こういったアプリを使った連絡の取り合いについては、流れが良くわからないこともあって三代も困惑した。


 異性はおろか、同性の友達も今までいなかった弊害だ。


 とはいえ、分からないからと言って、放置して見なかったことにも出来ない。このアプリはメッセージを見れば既読がつく仕様である。


 相手方に見たことが伝わっているのだから、放置は=で無視という意思表情と受け取られてしまう可能性があった。


 そういった誤解は招かないようにしたいところである。


 こういった場合は、出来るだけ早く返信するのが吉なのだろうが……しかし、その内容を考えるのがこれまた難しかった。


「打てば響くような返事は今の俺には無理だな……取り合えず、こういうアプリには慣れてないってことを伝えるか」


 そう考えたのは、ぼっちだからこその経験則によるものだ。


 ぼっちゆえに行動を勘違いされることも多々あった人生で、そうなった原因の大半は、自分自身の状況や考えが伝わっていないことであった。


 分からないなら分からない、慣れていないのなら慣れていないと素直に伝えないと、相手に悪印象を与えるだけになると三代は知っていたのだ。


「……ええと、『悪いんだが、俺はぼっちだったから、こういうのは初めてなんだ。返事が遅かったり、感覚ズレとかあると思うが許して欲しい』と」


 すっすと文字を入力して送る。すると、またすぐに返事が来た。


 ――りょ!


「……”りょ”ってなんだ。”りょ”って」


 流行りの言葉……なのだろうが、三代には全く分からなかった。

 頭を捻って考えてみたが、答えに皆目見当もつかなかったので、それは一体なんなのかと訊いた。

 すると『了解の略だよ~』と言われた。





 メッセージのやり取りは1時間ほど続いた。


 志乃が少しだけ返信のペースを落としてくれるようになって、三代もメッセージを送る余裕が出来始めていた。


 そして、そこそこ上手く回り始めた――その時である。ふいに、志乃が今週の日曜日に家に行っても良いかと言い出した。


 ――今週の日曜日、藤原の家に行って良い?

 ――バイト先でもお菓子作ったりするんだけど、その練習をしたくて。一緒につくろ。


 家に来るのは別に構わない。

 だが、お菓子なんて作ったことが無かったから、自分が練習の役に立つのか分からない。


 変に見栄を張る必要もないので、三代がそれを素直に伝えたところ、志乃は『大丈夫』だと言った。


 本人が大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。三代は「分かった」と返した。


 そして――了承のメッセージを送ってから気づいた。家に来ると言うことは、つまり”二人きり”になるのだと。


 今回は台風の時のような、仕方なくという状況では無い。お互いが事前に了承した上での”二人きり”だ。





 学校では会話はせず、家に帰って夜になってから志乃と他愛の無い連絡を取り合う一日一日を過ごしつつ、三代はどうにも悶々とした気持ちになった。


 日曜日に来たる二人きりという状況を考える度に、以前に中岡教諭とした会話が脳裏に浮かんでしまったのだ。


 志乃と付き合うように頑張るのがどうこうという話。


 しかし、悩める時間はそう多くは無く。無情にも時間はあっさりと過ぎていき、気づけば日曜日がやってきてしまった。


 妙に落ち着かない自らの心をなだめつつ、外行きの服に着替えて駅まで迎えに行くと、三代は長椅子に腰かけてそわそわと電車を待った。


 まもなくすると電車がやって来た。

 中から志乃が降りて来る。

 三代が緊張しながらに手を振ると、それに気づいた志乃が小走りで駆け寄って来た。


 休みの日だから当然に私服である志乃は、ショートパンツにシャツ、それと足元は花柄のサンダルというラフな格好である。

 何が入っているのか、大きめの籐の籠も手にしていた。


 格好だけを見れば、どこにでもいるような女の子だ。

 しかし、それでも映えて見えてしまうのは、スタイルの良さとSSS級とも謳われた顔の良さゆえだろう。


「待った?」

「い、いや、そんなに待ってない」

「良かったー。……ところで、その、突然で悪いんだけど……」


 軽い挨拶を交わすと、志乃が急に申し訳なさそうな表情になった。

 何かあったのだろうか。

 三代が怪訝に思っていると、志乃の後ろからひょこりとちっこい女の子が現れた。


「……家を出る時になって、急についてくるって言い出して。前にちらっと言ったことあると思うんだけど、あたし妹がいて。……先に伝えた方が良いのは分かってたんだけど、突然だったから言い辛くて」


 妹がいる、という話は確かに以前に聞いたことがあった。その妹を連れて来てしまったらしい。


 どうやら、志乃と二人きりとはならないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る