08.多分スマホを握りしめて待ってた

「藤原、なんならお前が貰ってやればどうだ? 興味を持たれたのなら、チャンスは大いにあるだろう?」


 続けざまに中岡がそう切り出し、三代は開いた口が塞がらなくなった。

 突拍子が無さ過ぎたからだ。


 ある程度は仲が良くなれそう、という予感が無いと言えば嘘になる。しかし、それを交際に繋げようとなるかはまた別の話だ。


「ちゅっちゅする間柄になってゴールイン――それを最終目標に頑張ると良い。これは結崎の男への苦手意識を克服するキッカケの一つになる可能性も高いし、仮に克服が出来なくても、お前と一緒になれば結崎も困ることなく生きていけるだろう。お前頭が良いんだから、大学行ってそこそこの就職も出来そうだしな。可愛くて優しい女の子の一人くらい幸せにしてみろ」


 ちゅっちゅがどうのと不純な単語も混じってはいるものの――中岡が伝えようとしていることが一体何なのか、三代は雰囲気でなんとなくにだが察した。


 中岡は意外と生徒のことをよく見ている性質なようで、志乃が実は性格が良い女の子であることも知っているようだ。

 そして、教師として出来ることならば良い女の子には幸せになって貰いたいらしい。


 これは要するに、生徒の将来を案じている教師として、なるべく良い未来が訪れるような方法の提案だ。


 しかし……その役目を自分がと言われてもピンと来ない。志乃と夫婦や恋人になった自分の姿が三代には全く想像出来なかった。


 仲良くはなれても、せいぜいは友達とか知り合いとか、その程度だろうと思っているからだ。


「まあ、相手の気持ちもあることですから……」

「無理やり振り向かせる気概は無いのか。なんならそういう雰囲気に持ち込んで襲ってしまえ」

「それ大問題になりますよ」


「それは嫌いな相手から襲われた場合だ。気になっている相手の場合は、強引に求められることが、女にとっては一歩を踏み出すきっかけになることもある。嬉しいと思える時もある。そういうものだ」

「いやいや、そもそも結崎は男が苦手でって先生も言ったじゃないですか」


「男が苦手なその結崎が唯一近づく男がお前なわけだが」

「だからと言って好かれてるとも限らないわけで……。嫌いではないがイコールで好きとはならないでしょう」


 ぐだぐだと三代が反論を続け、中岡が更なる反論を出す。

 作業が終わるまでの間、二人はこんな感じの会話を延々と続けたのだった。





 家に帰った三代は、片手に持ったスマホを眺めながら、ごろんとベッドに寝転がっていた。


 志乃に「今夜連絡をする」と言ったのだから、約束を守る為に連絡をしなければならない。

 しかし、どうにも指が動いてくれず一文字も打てない。


 志乃と良い仲になれ、という趣旨の中岡の言葉が頭の中にこびりつき、反芻しているせいだ。

 どうしてもそれについて考えた。


 だが、もう21時を回っていることに三代は気づいた。

 昨夜志乃が来訪して来た時間もこの辺りだったから、恐らく、バイトも終わって電車に乗っている頃合いだ。


 連絡をするには今が一番良い時間帯なのであって、これを逃すと余計に連絡を送り辛くなる。


「考えるのはやめて、取り合えず連絡しないとな……」


 三代は覚悟を決めると、すっすと文字を入力してチャットを送る。

 送ったのは簡潔な文面だ。

 藤原三代、という名前のみの文章である。


 長すぎても読むのも疲れるだろうから、取り合えず自分だと分かって貰えれば良いと思っての短文であった。


 後は志乃からの返信を待つことにして、それまでの間に一息を吐こうと飲み物を取りに――行こうとしてすぐにスマホが鳴った。



 ――待ってたよー♡


 三代がチャットを送ってから一分も経っていない。志乃からの初めての返信はもの凄く早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る