05.恥ずかしい台詞

「かみなり落ちて真っ暗になっちゃった」

「どこかに落ちたんだろうな。それで停電。……復旧が何時になるのやら」

「すぐ戻ってくれると良いけど……」

「台風は朝方まで続くそうだから、すぐは無理じゃないか?」

「ゲームの途中だったのに」


 暗くて薄っすらとしか見えないけれども、なんとなく、志乃が頬を膨らませたのが雰囲気で分かった。

 ゲームをもっとやりたかったらしい。


 しかし、いくらやりたいと言っても電気が無ければゲーム機は使えないのだ。こればかりは諦める他には無い。


「……まぁでも、12時も少し過ぎた所だったし、丁度良かったかも知れないな。そろそろ寝た方が良い」

「もうちょっと遊びたかったんだけどなー。……はぁ」


「諦めろ。……取り合えず、俺のベッド使って良いぞ」

「りょーかい――って、あたしにベッド貸すなら、藤原はどこで寝るの?」


「ソファなり床なりで寝るさ」

「……いいよ気を使わなくても。あたしがソファで寝る」


「女の子をそこらへんに寝かせて、自分はベッドですやすやと眠るなんて、俺はそこまでの鬼畜になった覚えはないんだ。俺を鬼畜にしない為だと思って、大人しくベッドで寝てくれ」


 そう言って、三代は志乃の方を見た。

 暗闇のせいで表情は分からないが、シルエットの動きは追える。

 志乃は膝を抱えていた。


「……分かった。藤原を極悪人にするわけにもいかないし、しょーがないね」


 志乃は言ってくすっと笑った。


 笑われるようなことはしていないのだが――と三代は怪訝に思ったが、ギャルの考えなど頭を捻っても分からないのだ。

 なので、気にしないことにした。


「分かって貰えてなによりだ。で、ベッドだが、あっちの部屋にある」

「あっちの部屋って言われても、見えないよ。暗いし。……だから、手を引いて案内して」


 部屋の位置は分からなくても、すぐ隣だから手の位置は分かったらしい。

 志乃が手を握って来た。

 小さくて、細くて、柔らかくて、そして少しだけ冷たい手だった。


「案内するのは別に構わないが……ところで、なんだか少し冷たい手だな」

「……冷たい手の人は優しいって話を知らない?」

「知ってる」


 どこで聞いたかは忘れたが、三代も確かにそんな迷信を耳にしたことがある。

 手が冷たい人は心が暖かいとか優しいとか、世間ではそういう風には言われているようなのだ。


 ただ、三代はこの話を信じてなどいなかった。おまじないとか占いとか、そういった話と同じ類のものでしかないと思っていたのだ。


 しかし、たった今その認識に変化が訪れた。きっとその迷信は本当なんだと思えてしまった。


 自分は最初に突き放したような態度を志乃に取った。しかし、志乃はそれでも普通に接して来た。

 その行動をどう思うかと他者に聞いて回ったら、きっと全員がこう答えるだろう。


 ――優しい、と。


 だから、志乃の手が冷たいのは優しいからなのだとすると、不思議と納得出来てしまったのだ。


「……ありがとう。結崎」

「へ? ど、どしたの突然」

「お前は優しいよ。凄く優しい良い女だ」

「……ほ、褒めても何も出ないよ?」

「別に何か欲しくて言ったわけじゃない。ただ、思ったままの素直な言葉を言ってみた」


 三代がそう言い切ると、志乃が急に黙ってしまった。

 それから、無言が続いた。

 ベッドまで到着すると、志乃は横になり、もぞもぞと丸まって寝息を立て始めた。


 ――もしかして、引かれてしまっただろうか? 


 反応が全く返って来なかったから、三代はそんな心配をした。結構恥ずかしいことを言ってしまった自覚はあるのだ。


 しかしながら。

 伝えないよりは伝えた方が良い――その気持ちの方が勝っていたから、後悔はなに一つとして無かった。





 リビングに戻った三代は、スマホを取り出して時間を確認した。

 時刻は00時20分だ。


「今日……深夜アニメ見れるかな」


 志乃が眠ったので、ここから先は自分一人の時間である。

 なので、楽しみにしている深夜アニメを見ようかと思っていたのだが……停電はまだ続いている。


 放送開始時刻まで一応は粘って待って見たが、それまでに電気が復旧することはなく、残念なことに見れず終いとなった。


「出来ればリアルタイムで見たかったんだが……状況も状況だから仕方ないな。あとでネット配信で見よう」


 欠伸をしながらソファに寝転がり、三代は瞼を閉じて寝入る。意外とソファの寝心地が良くてかなりぐっすりと眠れた。


 翌朝、三代は自らの力では起きれなかった。

 ようやく目を覚ますことが出来たのは、朝食の良い匂いと、コンコンとおたまで額を叩かれたお陰であった。

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