01.そんなに悪いヤツではないのかも

 気分のすぐれない一日であった。

 校内でも屈指の美少女である志乃との一件が一瞬のうちに学校中に広まり、どこへ行っても注目される状態だったせいである。


「どうして俺がこんな目に……」


 悪態をつきながら家に帰ると、三代は取り合えず返された服をしまった。すると、折りたたまれた服の隙間から桜色の小さなメモが出て来た。

 一体何だろうか、と三代がメモを手に取ってみると――


『あたしの連絡先! 教えてあげる!』


 ――そんな文面と共に、チャットアプリのIDや電話番号、メールアドレスが書かれていた。


「……なんだこれ」


 三代は溜め息を吐くと、メモを丸めてそのままゴミ箱に投げ捨てた。悪戯だと思ったからである。


 校内でも屈指の美少女ギャルがそう簡単に連絡先を教えるとは思えないし、そもそも人の目も気にせずにあんなことを言い出すなんて、絶対に裏があるに決まっている。


 実際がどうかは分からないけれど、きっとそうだと三代は判断した。


「どうせ連絡したら怖いお兄さんが出て来る展開だろ」


 俺は騙されないと三代は机に座り勉強を始める。


 趣味の深夜アニメが始まるまでの間は暇であり、それまでの暇つぶしとして勉強をする――そんな日課をこなし始めた。


 ちなみに、これは余談になるが、この日課のお陰で成績は校内1位を常にキープ出来ていたりする。


「……そういや、お菓子がどうのとかいってこれも渡されてたな。……袋に店の名前書いてるし、さすがに、こっちには悪戯しかけて無いだろう」


 お菓子の袋を開け中身を確認すると、中にはアマレッティが入っていた。取り合えず、一個つまんで口の中に放り込む。


「……中々美味い」


 お菓子に罪は無い。ただただ甘く美味しいだけだ。





 翌日に三代が登校すると、昨日同様に、じろじろと見られ続けた。

 どうにも、志乃との一件が校内で持ち切りの話題にされてしまっているらしい。


「部屋に連れ込んだって、何したんだろーな」

「何したってそりゃもう……」

「あんなぼっちがまさかの伏兵とはな。……はぁ。結崎は俺たちのアイドルだったのに」

「催眠術でも使って洗脳したんじゃないのか……?」


 三代の苛立ちが増していく。

 自分が注目される――それも変な噂付きで――ということには全く慣れていないので、こういう状況には弱かった。


 授業も集中して聞くことが出来ず、教師の話は右から左にすり抜けていくし、黒板の字も全く頭に残らない。


(このままでは学校生活に支障が出てしまう……)


 ぶつぶつと心中で呻きまくる。すると、ふいに後ろからシャーペンでつんつんと突かれた。


「誰だ……?」


 三代が振り返ると、そこには薄く笑む志乃がいた。そう言えば、後ろの席は志乃であった。


(なんで微笑んでいるのか分からないが……そういえば、こんな事態になったのは、思えばこの結崎が原因だったな。……相手にしない方が良い。そうすればそのうち全て収まる)


 三代は顔を前に向けた。

 そのうち飽きるだろうから、それまで無視して耐えれば良いと考えたのだ。

 志乃が関わって来なくなれば、きっと変な噂も消えてなくなる。

 それまでの我慢だ。





 昼休みになると、志乃がギャル仲間と会話を楽しみ始めた。もう三代への興味を失ったのかも知れない。


 三代はホッと胸を撫でおろしつつ、学食で一人昼食を取った。

 そして、教室へと戻り扉に触れたところで――中で会話していた志乃たちの話声がふいに聞こえて来て、足を止めた。


「志乃さぁ、藤原の家行ったのホントなの?」

「え? ホントだけど? シャワー借りて服も借りたし」

「……そういう関係なの? 藤原は止めた方が良いって。あいつぼっちじゃん。志乃ならもっと良い男と普通に付き合えるって。なんなら紹介しよっか?」

「紹介はいらなーい。まぁその、藤原は確かに友達はいなさそーで協調性皆無っぽいけど」


 向こうは自分がいないと思って好き勝手言っているのだろうが、不可抗力だとしても、聞こえてしまえば気分も悪くなる。

 当然ふつふつと怒りも湧いて来る――けれども、志乃が続けた言葉でそれは鎮火した。


「……でも、優しいよ」

「えっ……?」


「あたしが部屋に行ったのって、間違って側溝のドブに足突っ込んだからなんだよね。バイトあるし、どーにかしないとって思ってたら、藤原が『うち来いよ』って。……下心みたいなのとか、全然無さそうで、だから付いて行ったんだけど、勘が当たってて変なこと何もしてこなかった」


「……志乃ってそういうの凄い敏感だよね。まぁモテるから知り尽くしてるってだけなんだろーけど」

「皆はあたしがモテるっていうけど、なんでそんな風に見えるのか分からないけど、実際はそんなにモテないよ。敏感なのも、知り尽くしてるとかじゃなくて、実は男の人が若干苦手ってだけ……」


「それガチで? もしかして、男と付き合ったことが一度も無かったり?」

「じ、実はそーなんだよね……」

「乙女が現実に存在してる。これは尊い」


 そこまで聞いてから、三代は扉を開けずにくるりと回れ右をすると、廊下から見える窓の外を眺めた。


 ――自分が考えているほど、結崎は悪いヤツじゃないのかも知れない。そう思いながら見つめた空は、どこまでも続く澄み切った青だった。

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