後ろの席のぎゃるに好かれてしまった。もう俺は駄目かもしれない。
陸奥こはる
1章:恋人になるまで編
プロローグ:シャワーを貸した
「……ちょっと見ないで」
「そう言われても、これまた見事に側溝のドブに足を突っ込んでいるな、と」
「す、好きで突っ込んだんじゃないから! あーもう、最悪! 制服にまで汚れ飛び散ってる! ……これからバイトなのに、この格好じゃ無理だよ」
「……バイト? 何時から?」
「……五時からだけど」
「まだ一時間半くらいあるじゃないか。一回家に帰れば良いのでは?」
「うちは電車で片道一時間掛かるの。絶対間に合わない」
「なるほど。それじゃ無理だ。そうだな……じゃあうち来るか? すぐそこなんだよ。シャワーくらいなら貸してもいい」
藤原
――三代が通う高校には、稀に見る美少女と騒がれているギャルがいる。
結崎志乃という女生徒だ。
そして。
一体どうした偶然か、誰もが振り返る美貌を持つその志乃は、三代の後ろの席の生徒でもあった。
もっとも、学校生活を送る中で会話を交わしたことは一度も無い。
前から後ろへプリントを渡す時も一言も交わさなかった。
どちらかというと平凡で、趣味もオタク的な物が多く、クラスでもぼっちのカースト最底辺の三代。
それに対して、美少女ギャルということもありカースト上位なのが志乃だ。
誰がどう見ても二人の人生が交わることなんてありえないし、それは実際にその通りであった。
会話が無かったのも接点が出来なかったのも、住む世界が違うからこその棲み分けの結果だ。
でも、だからこそ。
志乃に声を掛けた自分自身に三代は驚いたし、その提案を「……分かった。ありがと」と素直に受け取った志乃の答えにも驚いた。
(これはきっとただの偶然だ。そうに違いない)
色々と信じられない出来事であったので、三代はそう思うことにして、深く考えないことに決めた。
シャワーを貸して、あとは帰って貰ってそれで終わり。それ以上でもそれ以下でも無い話なのだからと。
☆
「シャワーありがと。気持ち良かったー」
だぼっとした感じの服に着替えた志乃が、脱衣所から現れた。
汚れた制服のままだとバイトにも行き辛いだろうと思い、三代が取り合えず自分の服を貸したのである。
「紙袋もやるから、これに制服入れて持っていくといい。バイト向かう途中で特急クリーニング頼めば、帰る時には受け取れるだろ」
「神対応ー」
「そうか。それじゃあさよなら」
「なんか冷たくない? ……あー分かった! 親が来たらどうしようとか思ってるんでしょ? 女の子連れ込んで何してたんだって話になるし? 姿見えないけど、仕事か買い物に出かけていて、そろそろ帰って来そうな感じとか?」
からかうような志乃の言葉に、三代は「はぁ」と溜め息を吐いた。
「……親は来ないよ。一人暮らしだから」
三代は高校入学と同時にマンションで一人暮らしを始めていた。
だから、志乃の予想は完全な見当はずれである。
からかうつもりであったのだろうが、完全なノーダメなのだ。
かくして、肩を竦めて三代が無傷を主張すると、途端に志乃が口を尖らせた。
イジることが出来ず面白くなかったようだ。
しかし、すぐさまに別の変なことを考えついたようで、急にニヤッと笑った。
「……一人暮らし凄いじゃん。でも、じゃあさ、もしかしてそこら中にえっちな本とかあったりして? 親の目がないなら集め放題だし?」
言って、志乃は勝手に屋内を物色し始める。
別にえっちな本などあまり持ってはいないが、家捜しされるのはあまり気分が良くない。
なので、三代は慌てて志乃の背中を押して玄関へと向かわせた。
「ちょっ、なにその焦りよう。まさか……」
「漫画なら大量に出て来るが、エロ本はいくら探しても出て来ないぞ。そんなことより、もう体も洗ったし十分だろ。用は済んだんだ。じゃあな」
「そんなに嫌がらないでよ。もー」
「何が『もー』だ。牛にでもなったのか? どうどう」
ぐいぐいと押し出して志乃を外に放り出し、息もつかぬうちに三代は鍵を閉めた。
住む世界が違う人種ゆえに、価値観も何もかもが合わないと確信した。
(まぁ良い。明日からはまた今までと同じように、互いに一言も交わさないようになって、それで終わりだ)
三代はそう思っていた。
しかし、世の中とは不思議なもので、そうはならなかった。
状況は少々予想外の方向へと進むことになる。
☆
翌日のことだ。
三代は、クラスメイトたちから一斉集中の視線を送られていた。
原因は志乃だった。
「昨日部屋に行って借りちゃった服返すね! それと、バイト先がカフェなんだけど、そこで作ってるお菓子もあげる!」
皆がいる目の前で、堂々と大きな声でそう言い、服とお礼のお菓子を堂々と差し出して来たのだ。
これを見たクラスメイトたちが、女子も男子もそのどちらもがひそひそと噂話をし始めたのである。
貸したものを返してくれるのは別に構わない。
ただ、時と場所を考えて欲しいところであり、三代は非常に悪い居心地を感じていた。
――まさかとは思うが、遠まわしに俺に嫌がらせをしているのか?
全く持って理解が出来ない事態であった。
~~~~~
あとがき。
ファンタジア文庫さまより、2022年12月20日に二巻、発売されます。
一巻の頃から加筆修正ありまして、web版と書籍版の違いもありまして、特に二巻は加筆修正がほとんどになっております。(文字数的にも当然なのですが……)。
ただ、テイストや雰囲気は変わらず、絶対に楽しんで頂けますので、ぜひお買い求め頂けますと嬉しいです。
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