後ろの席のぎゃるに好かれてしまった。もう俺は駄目かもしれない。

陸奥こはる

1章:恋人になるまで編

プロローグ:シャワーを貸した

「……ちょっと見ないで」

「そう言われても、これまた見事に側溝のドブに足を突っ込んでいるな、と」


「す、好きで突っ込んだんじゃないから! あーもう、最悪! 制服にまで汚れ飛び散ってる! ……これからバイトなのに、この格好じゃ無理だよ」

「……バイト? 何時から?」

「……五時からだけど」


「まだ一時間半くらいあるじゃないか。一回家に帰れば良いのでは?」

「うちは電車で片道一時間掛かるの。絶対間に合わない」

「なるほど。それじゃ無理だ。そうだな……じゃあうち来るか? すぐそこなんだよ。シャワーくらいなら貸してもいい」


 藤原三代さんだいが結崎志乃と話をしたのは、これが初めてであった。学校帰りに、側溝のドブに足を突っ込んだ志乃を見かけた時のことだ。




 ――三代が通う高校には、稀に見る美少女と騒がれているギャルがいる。

 結崎志乃という女生徒だ。

 そして。

 一体どうした偶然か、誰もが振り返る美貌を持つその志乃は、三代の後ろの席の生徒でもあった。


 もっとも、学校生活を送る中で会話を交わしたことは一度も無い。

 前から後ろへプリントを渡す時も一言も交わさなかった。


 どちらかというと平凡で、趣味もオタク的な物が多く、クラスでもぼっちのカースト最底辺の三代。

 それに対して、美少女ギャルということもありカースト上位なのが志乃だ。


 誰がどう見ても二人の人生が交わることなんてありえないし、それは実際にその通りであった。

 会話が無かったのも接点が出来なかったのも、住む世界が違うからこその棲み分けの結果だ。


 でも、だからこそ。

 志乃に声を掛けた自分自身に三代は驚いたし、その提案を「……分かった。ありがと」と素直に受け取った志乃の答えにも驚いた。


(これはきっとただの偶然だ。そうに違いない)


 色々と信じられない出来事であったので、三代はそう思うことにして、深く考えないことに決めた。

 シャワーを貸して、あとは帰って貰ってそれで終わり。それ以上でもそれ以下でも無い話なのだからと。





「シャワーありがと。気持ち良かったー」


 だぼっとした感じの服に着替えた志乃が、脱衣所から現れた。

 汚れた制服のままだとバイトにも行き辛いだろうと思い、三代が取り合えず自分の服を貸したのである。


「紙袋もやるから、これに制服入れて持っていくといい。バイト向かう途中で特急クリーニング頼めば、帰る時には受け取れるだろ」

「神対応ー」

「そうか。それじゃあさよなら」

「なんか冷たくない? ……あー分かった! 親が来たらどうしようとか思ってるんでしょ? 女の子連れ込んで何してたんだって話になるし? 姿見えないけど、仕事か買い物に出かけていて、そろそろ帰って来そうな感じとか?」


 からかうような志乃の言葉に、三代は「はぁ」と溜め息を吐いた。


「……親は来ないよ。一人暮らしだから」


 三代は高校入学と同時にマンションで一人暮らしを始めていた。

 だから、志乃の予想は完全な見当はずれである。

 からかうつもりであったのだろうが、完全なノーダメなのだ。

 

 かくして、肩を竦めて三代が無傷を主張すると、途端に志乃が口を尖らせた。

 イジることが出来ず面白くなかったようだ。

 しかし、すぐさまに別の変なことを考えついたようで、急にニヤッと笑った。


「……一人暮らし凄いじゃん。でも、じゃあさ、もしかしてそこら中にえっちな本とかあったりして? 親の目がないなら集め放題だし?」


 言って、志乃は勝手に屋内を物色し始める。

 別にえっちな本などあまり持ってはいないが、家捜しされるのはあまり気分が良くない。

 なので、三代は慌てて志乃の背中を押して玄関へと向かわせた。


「ちょっ、なにその焦りよう。まさか……」

「漫画なら大量に出て来るが、エロ本はいくら探しても出て来ないぞ。そんなことより、もう体も洗ったし十分だろ。用は済んだんだ。じゃあな」

「そんなに嫌がらないでよ。もー」

「何が『もー』だ。牛にでもなったのか? どうどう」


 ぐいぐいと押し出して志乃を外に放り出し、息もつかぬうちに三代は鍵を閉めた。

 住む世界が違う人種ゆえに、価値観も何もかもが合わないと確信した。


(まぁ良い。明日からはまた今までと同じように、互いに一言も交わさないようになって、それで終わりだ)


 三代はそう思っていた。

 しかし、世の中とは不思議なもので、そうはならなかった。

 状況は少々予想外の方向へと進むことになる。





 翌日のことだ。

 三代は、クラスメイトたちから一斉集中の視線を送られていた。

 原因は志乃だった。


「昨日部屋に行って借りちゃった服返すね! それと、バイト先がカフェなんだけど、そこで作ってるお菓子もあげる!」


 皆がいる目の前で、堂々と大きな声でそう言い、服とお礼のお菓子を堂々と差し出して来たのだ。

 これを見たクラスメイトたちが、女子も男子もそのどちらもがひそひそと噂話をし始めたのである。


 貸したものを返してくれるのは別に構わない。

 ただ、時と場所を考えて欲しいところであり、三代は非常に悪い居心地を感じていた。


 ――まさかとは思うが、遠まわしに俺に嫌がらせをしているのか?


 全く持って理解が出来ない事態であった。


~~~~~

あとがき。


ファンタジア文庫さまより、2022年12月20日に二巻、発売されます。

一巻の頃から加筆修正ありまして、web版と書籍版の違いもありまして、特に二巻は加筆修正がほとんどになっております。(文字数的にも当然なのですが……)。

ただ、テイストや雰囲気は変わらず、絶対に楽しんで頂けますので、ぜひお買い求め頂けますと嬉しいです。

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