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ガラス玉…正式には”モイライの試験球”でのテストの後、ナザリオは店の奥のカウンターに座って、エマにかんたんな講義をした。テーマは、この世界での職業の決め方だ。
「さっきの試験球は、16才になったら行う儀式のようなものだ。あれで、この世の中にある様々な職業、どれに適性があるのかをある程度知ることができる」
「魔法の適性だけじゃなくて、ですか」
「そうだ。おまえの時はかろうじてすこし灯りがついたが、全くつかないものもいるし、恐ろしく明るく光るものもいる。ただしさっきも言ったように、あれは現時点での魔力を測るだけだから、修行のやりようによっては才能が開くこともありうる」
「他の職業も、わかるんですか」
「商売の才、武芸の才など、いろいろありすぎぎるから省くがな。さっきエマが動かしたのは、鍛冶の才を司る神、ヘパイストーとの調和をはかる輪だったから、単純に考えてお前には鍛冶屋になる才能がある、ということになる」
「鍛冶って…剣を鍛えたりする、あれですか」
むかしちょっとやったゲームには鍛冶屋というシステムがあったな、とエマは思い出しながら質問した。大きなハンマーを持ったいかついおっちゃんが、熱い火の前でがきんがきんと剣を叩いていた…ということくらいしかおぼえていない。
「あれも鍛冶だが、たとえば魔法と組み合わせて武器に特殊な力を付与したり、金属以外でこしらえるマジックアイテムの作成なども、鍛冶の才のあるものがやっていることが多いな。ようはものづくりに関わる職人すべてに関わる資質だ」
「そう…なんですか」
説明は聞いたが、予想外の結果にどうしたものかと考え込むエマ。
「とりあえずおまえの買い物を済ませてしまおう。なんにせよ、俺の手伝いをしてもらうためには必要な装備だからな」
小さめのナイフを腰から提げ、旅用の革袋やマント、それにちいさなペンダント。
「アミュレットと言って、魔法で体を護る装身具だ。並の鎧より効くぞ」
「ほえー…そんなものもあるんですね」
「そうか、エマのいた世界には魔法がなかったのだったな」
金持ちになると生まれた時からアミュレットを付けられている例もある、などという話をしつつ、ナザリオは手早く支払いを済ませた。
「ナイフの使い方なんかは明日教えてやる。片刃にしたから、初心者のおまえにもなんとかなるだろう」
店を出ながら、そんな話をしていた時のこと。
「ナ、ナザリオの旦那~~~~」
夕暮れの裏通りを転がるように男たちが走ってくる。
「なんだ、どうした」
「また出たんですよ!魔物が!」
かすかに眉をひそめ、男たちと一緒に走り出すナザリオ。エマも一拍おいて駆け出す。
「場所は!?」
「ドーラの店でさあ!」
「突然ぼっと湧いたってんで、いま男どもでバリケードつくって…」
どおおん、と大きな爆発のような音が進行方向から聞こえる。
それを聞いたナザリオは、走りながら口の中でなにかを唱え始めた。
「うわあ、旦那が付く前に店がやられっちまう!!!」
店のある大通りまでたどり着く頃には、ナザリオは詠唱を完了させていた。
「………煌めく大気よ、氷の蔦となりて覆いつくせ!」
ナザリオがそう叫んで地面に掌をつくと、店に向かって氷の筋が幾重にもなって伸びていく。またたく間に店は氷に覆われた。
間髪いれずに店のドアを蹴破り、氷漬けになった3体のレッサー・デーモンを仕留めるまでに要した時間はほんの数分のことで、何十歩も遅れて店までたどり着いたエマが見たのは、最後のモンスターにとどめを刺すナザリオの姿のみだった。
「……おまえさんはまず、体力づくりからはじめなくちゃならんな」
戦闘の名残の冷たい目をしたままで、ナザリオは息を切らした弟子に向かってそう言ったのだった。
* * * * *
夜。
あの一件のあと、何もできないなりに店の片付けを手伝ったエマは、女主人のドーラから晩ごはんをごちそうになっていた。
「エマちゃんだったね、助かったよ。こういうときは女手があると嬉しいね」
「いいえ、わたし何もできなかったですから」
”ドーラの店”は、向こうの世界でいうバーかスナックみたいな感じの店で、2、3人の女性がお酒をついだり料理を運んだりしている。ちなみにナザリオは暖炉のそばの特等席で、常連客たちとわいわい飲んでいる最中だ。
「足が遅かったんだって?仕方ないよ、大の大人たちの全速力にはかなわないさ」
「……ドーラさん、わたしもう18歳なんです」
「え?!あ、そーなの、どうりで落ち着いてると思ったわ」
「いえ、若くみられるのにはなれてますんで」
暗い面持ちで言ったエマを見て、ドーラが肩をすくめた。
「それで、『あたしはこんな年にもなって、なんにもできない』とか思ってるのかい」
「…………」
「師匠からすこし聞いたよ。あんた、別の世界から飛んできちまったんだってね」
ドーラはそう話しかけながら、エマの前にグラスを置く。カウンターの裏から取り出した瓶の栓を開け、グラスにつがれたのは、かすかに褐色を帯びた液体。
「いまは右も左もわからなくて当然じゃないかい? そんなに自分のせいにおしでないよ。ここへ飛んできたのも、おまえさんのせいじゃあないんだからね。
とりあえず、ごはんでも食べて、ちょっと飲んで、気分をほぐしてみなよ」
美人の女店主はいたずらっぽく笑って、エマの眉間の皺を人差し指でつついた。
「……ありがとうございます」
男同士たわいもない話で盛り上がっていたナザリオの耳に、なにやら快い調べが聞こえてくる。
「ん?」
音のする方へ顔を向けると、くるくる回りながら笛を吹くエマと、周りでやんやの喝采をする女衆が見えた。
「エマちゃん上手~~~」
「よく踊りながらそんなのできるわねえ」
「えへへへ~~~~」
ひとふし吹き終わったエマは、にへらにへらと笑って恥ずかしそうにしている。耳まで赤くしているところを見ると、どうやら酒でも飲まされたのだろう。
「飲ましたのか」
「いいじゃない、彼女18だって聞いたわよ」
「……え」
「あら、知らなかったの。ちゃんと聞いてあげなさいよね」
あなた意外と口下手なんだから、とドーラはころころと笑って、ナザリオにも酒をすすめる。
「おや、嬢ちゃん、ずいぶん達者に笛を吹くんだね」
部屋の片隅で飲んでいたおやじが、隣に置いていたケースをあける。なかから出てきたのは古びたルト―だった。手慣れた様子で丸い胴体を抱えチューニングする。
「どれ、こんなのはどうだい」
そういうと、彼はこのあたりでよく聴く民謡を弾きながら歌い始めた。素朴な旋律をじっと聴いていたエマは、1番が終わるとすぐに笛を構え、見事に旋律をなぞってみせる。
「おお!お嬢ちゃんは耳がいいね」
おやじは歌うのをやめ、伴奏に徹する。エマの笛はますます明るく店中に響きわたる。
「おじさん、他にも教えて、いろんな曲!」
「よし!ほいじゃ、これはどうだい」
そんな具合で、気づいたときには店全体を巻き込んでの大宴会が幕をあけていたのであった。
泣き虫笛吹き、転生して旅の楽士になる(仮 内田夏穀 @tabashi_ruu
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