1センチの想い。

宇佐美真里

1センチの想い。

高校一年の私が、中学の頃から憧れていた先輩へと、

思い切って連絡をしてみると、

先輩は「勉強、教えてやるヨ」と言ってくれた。

そうして私は、毎週一回、少しずつ勉強を見て貰えることになった。


先輩はいつも、ふざけながら

「カワイイなぁ、オマエは」と言ってくれるけれど、

本当のところは、どう私のことを思っているのだろう…。

その"カワイイ"は、"単なる後輩"として…なんだろうな、やっぱり。


先輩は高校三年生。

本来ならば自分の勉強で忙しいはずなのに、

"カワイイ"後輩の勉強を見てくれるわけだから、

全く"見込み"がない…わけでもないのかも?


明日はいつもの"約束"の水曜日。

駅前のドーナツショップで、私は憧れの先輩を待つ。

もう勉強を見て貰うのも、三回目。


ただ…明日は少し、少しだけ気乗りがしない。

日曜日に髪を切ったのだけれど、いつもよりも少しだけ前髪が短い。

長さにして一センチにも満たない程度の短さだけれど、

その、たった一センチがないだけで、

何もかも曝け出してしまっている様な感じがしてならない。


   私の気持ちも何もかも…。


髪を切って以来、ずっと気になって弄ってばかりいる前髪。

「クセになるからやめなって…」

「前髪を弄るなんて…中学生じゃないんだからっ」

友達にも注意されるほどに、酷く気になる。

自然と俯き、伏し目がちになってしまう私…。


いつもよりも少しだけ短か過ぎる前髪…。

僅かなその短さが、酷く私を頼りなくさせる。

鏡の前に映る、あまりにも幼い表情。

だから…明日は、少しだけ気乗りがしない。



待ち合わせのドーナツショップ。

いつになく、俯いて待つ私。

目の前に広げる世界史の参考書も…その内容は殆ど頭に入って来ない。

短か過ぎる前髪…。先輩はまだやって来ない。気になる前髪…。

しきりに参考書との間に垂れる短い前髪を引っ張る私…。

勿論、何も変わらない。


「ゴメンゴメン!」と駆けて来た先輩。

前髪へと手を遣り、目を伏せる私…。

「どうしたの?」

いつもの様に、正面から先輩の顔を見ることなど到底出来ない。

昨日の…、鏡に映る酷く幼い表情が蘇る。

もう勉強どころではない…。

何もかも曝してしまっている、その感覚で耳まで真っ赤に染まりそうだ…。いや、事実そうなっていたのだろう。先輩が訊いてくる。

「大丈夫?熱でもあるんじゃない?」

「大丈夫…です。さぁ…始めましょうよ!」

精一杯、強がった声で私は言った。


参考書を捲りながら先輩は、

フランス百年戦争末期の、悲劇のヒロインについて解説する。

まるで私も、火炙りにされた彼女の様で、息苦しくて堪らない。

何をこんなに意識しているのだろう…。

単なる年下の後輩への"カワイイ"を真に受けて…。


解説をしながら時々、視線をこちらに向ける先輩。また今も…。

「………」

じっと、こちらを見つめたまま黙り込んだ先輩。

「ど、どうしたんですか?」

ドギマギとしながら、やっとの思いで口にする私。

気になる前髪…。


「髪の毛、切ったんだね?」

優しく笑いながら、先輩は言った。

火刑台の上の私。火炙りの様に私は、息もロクに出来ない。

「…。チョット、短くし過ぎちゃって…ハハハ」

掠れた声は、笑いにならない…。


「そんなに…」

じっとこちらを見つめながら…先輩は、ゆっくりと言った。


「そんなに下ばかり向いていたら、台無しだな?

 そのままのオマエで、いいんじゃない?

 そのままのオマエが、いいんじゃない?

 そんな…オマエがスキなんだけどな…」



いつもの「カワイイなぁ、オマエは」から…、

少しだけ、貴方にほんの少しだけ…、

それはたった一センチ足らずかもしれないけれど、

近づけた気がした…貴方の言葉。


   「オマエがスキ…」


「キレイダヨ」と本当は言って欲しかった。

いいや、それは欲張り過ぎ…。


それなら、勘違いくらいしてもいいですか?

これが今の私の…精一杯。これが私の一センチの想い。



-了-

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