第5話 いざテント泊!
予定時刻1時間オーバー。
これが何を意味するのか。簡単に言うと、予定全部繰り下げである。
交通機関の乗り換えスケジュールが狂うのがかなり痛い。都市から離れた地域だと1時間に1本とかいうケースも珍しくないため、冗談抜きでやばい事態である。
とりあえず知美に報告。
「あー寝過ごしちゃったか。通りで来ないわけだ。とりあえず待ち合わせ場所の駅まで来て。お仕置はそれから、ね?」
普段の恨みで何されるか分からない。震えながら支度を始めた。
ダッシュで着替えて家を飛び出し駅まで駆ける。
支度込みで遅れること1時間半、やっと知美と合流。
「遅いっ!!」
「ぐえっ」
合流と同時にドロップキックが飛んできた。
「とりあえず今日の遅れに関しては全部調べてなんとかなりそうだから大丈夫。というわけで……」
「というわけで?」
「この1時間半特にやることも無くてでも座る所がないから立ったまま暇させられた私に全力で謝罪しなさいっ!!」
「すみませんでしたぁぁぁぁっ!!!」
まぁ、なんとかなるなら一安心である。
今回向かうところは滋賀県にある堂山という山。湖南アルプスの1つであり、標高は384m。一日で登れそうな高さではあるが、今回は宿泊に慣れるということでゆっくりと登ることに。
麓までバスが出ているため、最寄り駅の石山駅からバスに乗り換えて向かう。
私の寝坊のせいで遅れはしたものの、なんとか麓のバス停まで到着することが出来た。ちなみに今は11時である。
前回と同様、最初の柔軟を怠ってはいけない。軽く足と腕を伸ばすだけだが、やらなければ後々筋肉や筋を痛める原因になる。山の中での負傷は街中とは違い応急処置しか出来ないため、負傷しないのが1番である。
適度に伸ばし終えたら荷物を担いで歩き始める。
私の荷物はそこまで多くないので30Lのリュックサックで済んだ。しかし知美の場合、私が持っていないテントやら調理器具諸々を詰め込んだ結果70Lサイズになってしまっていた。このサイズになるとリュックサックではなくザックになる。私の倍以上である。
「見た感じ凄い重そうなんだけど重くないの?」
「これがねー、見た目に反して割と軽いんだよね。やっぱ水が少ないのが効いてるなぁ」
「な、なるほど……?」
知美は自分の荷物を軽そうに背負い上げた。
その見た目は山ガール……というよりも登山家みたいな感じだった。
バス停からすぐに山道……となっているわけではなく、しばらく舗装された林道を歩いていた。
隣には川が流れており、頭上も木々に覆われていることからあまり日が差さない。これはありがたかった。序盤から暑いとやる気が無くなるからである。
傾斜も急ではなく、車も走るため緩やかである。標高自体がそんなに高くないため全体的に緩やかなのかもしれない。
小一時間談笑しながら歩いたところで、なにやら祠っぽいものが見えてきた。中にはお地蔵さん……?
そのまま通り過ぎるのもあれなので、一応礼はしておくことに。
疲れてはいないが軽く水分を取り、喉を潤したところでまた林道を……と思ったが、どうやら違うみたいだった。
「林道歩かないならどこ歩くのよ?」
「川、渡るよ」
「えっ?」
知美が指さした先には、確かに山道があった。川の向こう岸に。
「飛び石置いてあるのが見えるでしょ?あれ使って向こうに渡るんだよ」
一気に登山っぽくなってきてしまった。いやまぁ登山に来てるんだからそれっぽくならないとおかしいのだが、心の切り替えってものが……。
「ほらほら置いてくよー」
「あっ待ってよ〜!」
知美はぴょんぴょん跳ねるようにもう渡りきってしまった。私も追いかけるように渡ろうとしたのだが……。
ぼちゃん!
足を滑らせて片足ずぶ濡れにしてしまった。
「あははっ! 夢衣ならハマるって思ったんだよね〜。ちなみに今夢衣が踏みかけてるその石、浮いてるし滑りやすいから気をつけてね」
「私ならって何よ!? てかその情報もっと早く言って!!」
「ごめんごめ〜ん」
絶対こいつ朝のこと根に持ってる。非があるのは私なのであまりキツく言い返せないのが癪だ。
その後浮き石を踏んでしまい、もう一足もびっしょ濡れにしてしまった。早々にしょんぼりである。
ちなみに浮き石とは踏んだ時に動く石の事である。バランスを崩しやすいため避けて通るのが一般的である。
川幅自体は狭かったためすぐに渡りきり、ここから設置された階段を登ることになる。何度も言うがここの標高は高くない。むしろ低いと言っても問題ない。
しかし目の前の階段はどうだ。1段あたりの高さは30cm程になり、幅もかなり狭い(靴がはみ出るレベル)。
私が何が言いたいか、もうお分かりでしょう。凄く、辛いです。こんなに急な道があると思ってませんでした。
「もうちょっと歩いたら今日のゴールに着くから頑張ってねぇ」
「全然着く気がしないんですけど!?」
「まぁ歩いてりゃ着くよ」
「うわぁん」
べそかきながらも登るしかないため一段一段必死で登っていく。
体力作りしとくんだったなぁ……と後悔中。近年山ガールとかいうものが流行っているが、果たしてそれに釣られた女子が理想の登山なんて出来るのだろうか。本来ある程度の体力がないと登山なんて出来ないのでは? と思ってしまう。こんな状況なら尚更だ。
しばらく無心で登り続けると、なにやら砂防ダムみたいなものが見えてきた。
横に説明書きみたいなものがある。どうやらこれは迎不動堰堤、というものらしい。作った人とか効果とかが書いてあるが、正直に言うと全然分からない。
「おっ、あと600mだってさ」
知美が看板を見つけ、残りの距離が判明した。「鎧堰堤まで0.6km」と記されている。どうやらここが今日のキャンプ地の様だ。
「600mなら余裕だね!」
残り600mと聞いて体力回復。終わりが見えた瞬間やる気がみなぎるって事ありますよね。
「距離聞いただけでここまで復活する人見たことないんだけど」
「じゃあ私が1人目ってことで」
ここからも山というより森の中を進んでいく。整備された登山道とはいえ、足元にはシダ植物が生い茂り、木々の間を縫うようにして進む感じである。
途中には小さな川も流れており、先程みたいに滑ってハマらないように気をつけて飛び石を渡る。無事に渡れた時には言葉にできない安堵感があった。
ちなみにまだ靴は濡れたままである。
「そろそろ歩いたでしょ……えっ? まだ300m?」
再び現れた看板には「鎧堰堤まで0.3km」と記されていた。あれから15分ほど歩いたはずだが、まだ300mしか来ていない事にびっくりである。
「山あるある、歩いたと思ったら意外と来てないってやつ。逆もあるけど低い山だとこっちのが多いんだよねぇ……」
「……行こ! あと300mならもうすぐなはず!」
その後もどんどん道に沿って進み続け、看板の数字も徐々に小さくなってきた。にしても思ったのだが、看板多すぎないか。100m間隔ならまだしも50m間隔で置いてる地点もあったぞ。
そうこうしている内に、広い河原にでてきた。ほとんどが砂地であり、小さな川がその真ん中を流れている。
その河原の横は少し高くなっており、いくつか野宿したであろう跡が残ってあった。どうやらここに寝泊まりするようである。
「お疲れ様! 今日はここまで!」
「やったー!」
「疲れてるところ悪いけどまだ終わりじゃありません」
「え、何よ?」
「テント、張ります!!」
知美が勢いよく引っ張り出した。袋のサイズは寝袋より小さい……?
「これがテント?」
「そ。中を引っ張り出すと……こう!」
勢いよく中身を広げると、横1.5m縦2m程に広がった。しかし、勢い余りすぎて内側にあったもう一個の袋が飛んで行ったことに2人は気づいていなかった。
「ポール伸ばすから手伝って〜」
「はいはい。これをこうして……こう?」
「そうそう。んで伸ばし終えたら四隅の穴に差し込んで……フックがあるからポールに引っ掛けて〜」
言われた通りに作業すると、如何にもテントという感じになった。テントを組み立てているのだからテントじゃないとおかしいのだが。
「この剥き出しのテントの上にこのオレンジのシートを被せて完成です」
「何このシート」
知美が取り出したのは本体とは生地の感触が違う、薄っぺらいシートであった。
「こいつはフライシートって言ってね。これがなきゃ雨降ったら浸水するよ」
「……絶対いるやつだねこれ」
「うん。忘れる=死だからね! 前に忘れた人の話を聞いてバカだな〜って思ったよ」
「……ちょっと待って、まさかその人って……」
「………………」
「………………」
「…………1回だけあります……」
「バカがここに居た!」
「何でかわかんないけど入ってなかったんだよ! 泣いたよ!!」
「そりゃそうでしょ……」
とりあえずテント張りに戻る。フライシートを本体の上に被せ、四隅にあるフックで固定する。
これでテントの出来上がりである。
「うむ、いい感じ!」
「これで終わり?」
「あとは固定して中にマット敷くぐらいかな。固定するためのペグは……あれ、どこいった!? え、え、え、忘れた!? いやそんな事は……ねぇどこか知らない!?」
「私に分かるわけないでしょーが」
「うわーん探してぇ!!」
それから15分後。
無事に発見。
私が「これ?」と言って見せた袋を見た時の知美の顔は忘れられない。泣き出しそうな顔から一気に目を見開いて、「それ!!」と過去1番レベルの気迫で迫ってきたのだ。割と怖かった。
アクシデントがあったとはいえテントが立ったことで、私達の寝床が確保出来た。2人なら充分寝れるサイズである。
まだ1時過ぎであったが、夕食まで特にやることが無いため各々適当に時間を潰すことにした。私は持ってきた本を読むことにし、知美はというとザックに忍ばせていたノコギリを引っ張り出し、「焚き火するぞ!!」と木々の中に入っていってしまった。呆然と眺めていた私だったが、まぁすぐ戻ってくるだろうと本に目を戻した。
大体30分ほど経っただろうか。知美が戻ってきた。右手にはノコギリを持っており、左手…いや、左腕で引きずっていたのはなんと6mはあろうかという大木。
「ただいま〜! 薪、確保!」
いや薪ってレベルじゃねぇ。
「切り倒して大丈夫なの?」
「あーこれ切り倒したやつじゃないの。切り倒す気満々だったんだけどねぇ。既に倒れてた枯れ木。ここら辺の焚き火の後って全部そうだよ多分」
「今多分って言った!」
(ちなみに、原則無許可で木を切り倒してはいけない。
落ちてる木々や枯葉は使ってOKな地域とOUTな地域がある)
焚き火の跡を掘り返し、竈を復活させる。この中に落ちていた松の葉を着火剤代わりとして一番下に敷き、その上に小さな枯れ枝、そして4〜50cm程の枝を適当に重ねて持ってきていたマッチでいざ着火!
勢いよく火がつき、徐々に枝にも燃え移り大きな焚き火が出来上がった。
「うわぁ……いいねこれ」
「でしょ!? 山に来たら焚き火だよ!!」
焚き火の前で読書。なんて優雅なのだろう。ちょうどいい温かさと揺らめく炎が非日常を感じさせる。
しばらく読んでいると瞼が重くなり、意識が途切れ途切れになってきた。まだ昼間だし、知美には悪いが軽く眠りに落ちることにした。
山登りに行きませんか? 如月 @ksrg_kkym
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