6-2:あくまで推測だけどね

 魔術界にも事件は存在する。魔術が絡む以上、より難解でより複雑な事件シロモノとなるのは至極当然の結果であるが、見るべき本質的な部分は何ら変わり映えしない。


 誰がやったのか?Who done it?

 どのようにやったのか?How done it?

 そして。


「――何故姿を消したのか?Why done it?


 メゾソプラノがぽつり、フレッドの部屋に響く。

 あらゆる不可能を可能とする魔術ありきの事件。その最も核心に近く、解決の糸口になりうるもの。それがである。


「任された仕事を必ず全うしようとする、真面目な男がアイツだ」


 主の居ない部屋、空っぽの寝台ベッドを見つめるは藍色の瞳。

 晩餐会で大御所の圧に真っ青になろうと、立ちはだかる壁が身の丈に合わず弱音を吐こうとも。自身の持てる力の全てを尽くし、逃げることはしない。それが、花菱から見たフレッド・カーディルナルという男の評価であった。


「依頼を捨てて逃げた訳ではない、と」

「当たり前だ。……寧ろ、だと思ってるよ」


 ちらり、とイズミに視線を寄越しながら、メゾソプラノは断言する。


 花菱、イズミ、フレッド。

 招待状ともいえる遺産相続の誘い。それに対し、各々がそれぞれの理由で文学の城を訪れる未来は、少なからず起こりえたものだろう。しかし、訪問という行動を確定させるものではない。

 だが、確実に招致する方法はある。


 花菱は、体ごとくるりとイズミの方へと向き直ると。


「セレーナ嬢が、局長と面会した時のこと覚えてる?」


 声の調子トーンを切り替えて尋ねる。


「依頼をしていた時のことか?」

「そう。彼女は、コルテンティアを名乗ることによる危険を不安視していた」

「……後継者選びは往々にして血縁で行われるものだからな」


「でも、じゃあない」


 間髪入れずに返した花菱の言葉に、イズミは僅かに目を見開く。


 セレーナ・コルテンティアは言った。


『それとその、魔術師さんとの関わりも……あまり持っていなかったので』

『ですが、私は、私には、他の魔術師の方と繋がりがありません。魔術師としての後ろ盾も、ありません』


 と。

 他の魔術師と繋がりがない、後ろ盾もない。まさにクリストヴァルのような、素性の分からない存在まじゅつしであれば、誰の手も借りず誰の目からも逃れられる容易な解決策がある。



。魔術界に馴染んでいないなら簡単だ」



 朝独特の爽やかな空気が部屋の中で冷えたように思えるほど、メゾソプラノは淡々とした音色で響いていた。

 未知とは恐ろしいものだ。少なくとも魔術師となってから、花菱には恐るべきものだった。目の前に映るが本当に何者であるかなど、偽られば真に知ることはない。


「顔は他人の空似とでも誤魔化せるし、わざわざ危険を冒してまでコルテンティアを名乗る必要はないだろうに」


 言葉尻こそ厳しいものであるが、花菱の顔は複雑な感情が渦巻いていた。

 楽し気に、年相応な笑顔が、脳裏をよぎる。護衛と依頼主の関係が根底にあるとはいえど、花菱は少なからずセレーナを好ましく思っていたのである。


「この選考会に参加させることが目的、か」

「あくまで推測だけどね。でも、そうであるとすれば――」


 そこで言葉を切って、呼吸をひとつ挟む花菱。

 選考会の会場たるコルテンティアの館。クリストヴァルと面識ができたとき、ノイシュが姿を現したとき、更にフレッドを認識したとき。

 後継者候補がリストに加わる度に浮かぶのは。


「――選考会参加者の偏りにも、があってもおかしくはない」


 選ばれたのかという疑問。

 いわば、候補人として選出されるその線引き。ノイシュとの問答もヒントに、ようやく導き出した花菱の答えは“後継人としての観点ではない”ということだった。


「……納得がいく話だ。少なくとも純粋に後継者を選ぶとするならば、俺達が一堂に会することは有り得ないだろう」

「派閥を横断的に選ばれているし、……ノイシュ卿も選出されているのには、首を捻るしかない」

「嗚呼。それに、魔術まじゅつ法省ほうしょうの職員がのも疑問だ」


 バリトンボイスが告げる言葉で、思い出される馬車の中での会話。


 魔術法省特有の派遣業務のひとつ、遺産相続見届け人派遣というものがある。

 中立機関たる魔術法省の職員が、相続についての一連いちれんを見届ける。それにより、相続完了後それらに関する一切の異議申し立てを拒絶する為だ。


「“羽筆の魔術師”ともあろう方が、見届け人の一人すら立てずに相続選考を行うか?」


 文書であればいくらでも改竄かいざん可能、隠滅も可能。口頭での約束も偽造可能、更に本人への成り代わりでさえ魔術は可能としてしまう。通常ならば信頼されるあらゆる物証が偽造可能である中、絶対の信頼性を保証されている

 それが、イズミの“心眼”のような特性を持つであった。


「ミス・コルテンティアの立場を考えたら、必要不可欠でしょうに」

「どこにでも砂糖に群がる蟻は存在する」

「稀代の魔術書執筆者、おまけに書籍ちしきの山ときたらね」

「……考えるだけでも面倒極まりないがな」


 後々困るのは残された側だ。

 見届け人派遣には料金が発生するが、そんなものは正真正銘の端金はしたがねといっても過言ではない。聡き人だろうレイラ・コルテンティアが、そのようなリスクを後世に残すだろうか。


「選考会にも、候補者にも謎が多すぎる」


 バリトンボイスのぶっきらぼうな物言いに、苦笑いだけを返す花菱。

 全くを以ってその通りである。やはりベルリッジが持ってくる案件しごとらしく、今回でも一筋縄ではいかないようだった。


「……候補者の仕業だと思う?」

「何ともな。ただ、初日から、ミスター・カーディルナルを選んでいることから計画性はあるだろう」


 最もな意見に、そうだね、とメゾソプラノが響く。


(疑いたくはないけど、疑うことから全ては始まる)


 悲嘆に暮れることなき双子の家政婦メイド。選考会を降りた精霊主義Spiritualismの大御所。何かを知っているだろう素振りの流れの魔術師。コルテンティアを名乗る娘の、不十分な理由による依頼。

 そしてさらにはそれを受理した、レイラと縁深いは何を考えているのか。


(フレッドだって第一級ファーストだ。ある程度の余裕はあると信じている、が)


 どこまで仕組まれているのか、何の意図があるのか。


(早期解決に越したことはない)

「ただ、であると否定はできないがな……」


 花菱と同じように思考を巡らせていたイズミが、ぽつりと呟く。ただ一言。


「そ、れはさ」


 その一言が、水面に石を投げ入れたかのように花菱の心を波立たせる。つい先程、クレアとクロエに告げたバリトンボイスが脳内に再生されて。


「本当に、であると?」

「……ひとつの可能性の話だ」


 交錯する視線。問いかける藍色の目は、凪いだ黒い眼から感情を読み取れない。


「ただ、ある程度の条件は揃っている。晩餐会の時に感じただろう」

「確かに、館全体において大気中の魔力濃度が高めだね。……慣れてきたけど」

「人寄せ付けぬ館。更に、選考会という概念的閉鎖的空間だ」


 閉鎖的空間というのは、一種の力場となり異常現象が起こりやすい。

 断絶された山間の館、氷雪に包まれ停車した寝台列車、海上に取り残された豪華客船。環境的な閉塞は心理的にも作用し、それらは外部に掃出されることなくその場に溜まる。


「そして――文学の城castle of literature

「……何が、言いたいの」

「わからないか? 俺達の仕事だ」


 イズミがブリッジを押し上げれば、黒髪の間から片眼鏡モノクルのチェーンが揺れて。



「膨大なる書籍の山。それが、魔導書グリモワール化してもおかしくないと言っている」



 ちゃり、と耳障りな音を立てた。

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