4-5:良いもんじゃないですよ

 がちゃりと開錠し、入るは花菱とセレーナの私室プライベートルーム

 ぱちり、と照明スイッチを入れれば、真っ暗だった部屋が一気に明るく照らし出される。


「わあ、広いお部屋ですね……!!」

「そっか。セレーナ嬢は初めて入るんだっけ」


 アンバーの瞳を綺羅綺羅きらきらと輝かせて、ぐるりと一周部屋の中を見渡すセレーナ。イズミの部屋と違う調度品の数々に、触れて、見て、装飾の具合なんかを楽しげに観察している。


(きっとお泊り会ってこんな感じなんだろうな……)


 物心ついた時には、魔術師の道へと片足を突っ込んでいたこともあり。学校に通ったりはしていたものの、青春らしい青春など魔術の研鑽へと消えたようなものである。

 だからこそ、何だか所謂、女友達と宿泊するという疑似体験をセレーナを通し花菱は感じ取っていた。


「あ、寝台ベッドは奥側をセレーナ嬢がお使いください」

「わかりました! んんっ、それでは」


 わざとらしく咳払いをし、宛がわれた寝台ベットの直線上。ある程度の距離を取ったセレーナはというと。花菱にも何をするのか、容易に想像できた。


「大きい寝台ベッド~……!!」


 駆け出す足。ぎしっとスプリングの音と、バウンドして翻るミモレ丈のスカート。ぴょんと飛び上がり、そのまま前のめりにダイブ、倒れ込んだのである。

 お行儀が悪い、と咎める人なぞ居ない。セレーナのはしゃぎっぷりに、思わず花菱の笑みが零れる。


「ふかふかですか?」

「それはもう!! ……一度いちどやってみたかったんです」

「わかりますよ、その気持ち」


 小さい頃。和室で敷布団を引いて寝ていた花菱にとって寝台ベッドはなんだか素敵な、同じ寝具であれど寝台ベッドというだけで特別なものに感じられたものだ。

 ベルリッジと暮らすようになり、与えられた寝台ベッドに目を輝かせ。何度も何度も飛び込もうとしては、毛布に触れる寸前で魔術により浮遊させられていた。


「このまま、寝てしまいそうです」

「あーでもその前に、荷解きだけしておきましょう? 明日の朝にやってもいいですけど」


 毛布に顔を埋めるセレーナへ、悪戯っぽく提案する花菱。むー、と唸るような声を響かせながらごそごそと寝台ベッドの上で蠢くこと一分ほど。


「朝はゆっくり寝たいです……。やります!」

「いい選択だと思いますよ」


 金髪ブロンドをふわりと揺らしつつ飛び起きたところに、花菱が破顔しながら手渡す。


「有難うございます」

「どういたしまして」


 転がしながら運んだトランクケース風の装丁が為されたキャリーバッグは、それなりに重みを感じるもの。

 花菱自身のキャリーバッグはといえば、セレーナに比べて若干軽いものの、それでも重いことに変わりはない。普段はもっと身軽になるように荷造りしているが、今回ミネラルウォーター半ダース分が入っていることもあり中々の重量であった。


Unlock.開錠せよ


 スライダーに掛けられたロックを外し、キャリーケースを一周。ファスナーを完全に開け、本を開いておくかのように百八十度開いて床に置く。

 真っ先に取り出すのは、ルームシューズ。元々屋内で靴を履かないのが当たり前だった花菱としては裸足になりたいところだが、そうもいかないのが世の常。

 運動靴から適度なフィット感のあるルームシューズに変えることで妥協する。


「何を出しておいた方が良いんでしょう?」

「んー、……寝るまでに使うものと、明日の朝使うもの、ですかね」

「歯ブラシとか、ルームウェアとか?」

「そうですそうです。洗顔剤とか、明日着る服とか、ね」


 とりあえず必要な日用品、歯ブラシセットや化粧道具の入ったポーチと、ルームウェアセット。明日に着る予定の服など。お風呂セットも出しておくか、と次々取り出しては整理していく。慣れた様子の花菱の挙動を確認しつつ、セレーナも着々と荷解きを進める。


「エリ様は何というか、慣れていらっしゃるんですね」

「あー、まあ、そうですね。仕事柄、色々なところに行っているからですかね」

「魔術司書のお仕事で、ですか?」


 手を止めること無く、視線だけを向けながら傾げられるセレーナの首にしっかりとした頷きが返る。


「さっきの、魔術司書の階級ランクの話を覚えてますか?」

「ええと……第一級とか、第二級とかのことですか?」

「そう、それです。魔術司書には階級があって、下から第三級サード第二級セカンド第一級ファーストって序列があるんです」


 荷物整理にひと段落着いた花菱は、そう言いながら三本立てていた指を一本ずつ折り曲げた。そこで今度は手を止めて、顎に当てながら不思議そうな顔をする。


「でも、確かエリ様の階級は……ゼロ、だったような?」

「合ってますよ。セレーナ嬢の言う通り、私の階級は零、第零級オリジンと呼ばれる特殊部隊です」


 椅子に座る花菱は、円卓テーブルに携帯用の折り畳みコップを取り出す。ミネラルウォーターのペットボトルを開けながら、言葉を続けた。


第零級オリジンは、管理局に勤める魔術師の中でも、ちょっと特殊な者の寄せ集めで。例えば、私の場合

「えっ?!?!」


 魔術の適正というのは、本来一つや二つ、多くて三つ有るか無いかというもの。その人が持ちうる魔力の性質によって、扱える魔術に差が出るからである。言うなれば、ロールプレイングゲームの職業による武器適正のようなものだ。


「それ、は、まるで……」


 しかし、花菱には、花菱のもつ魔力にはそれが存在しない。どんな武器でも使えてしまう、まさにワイルドカード。


「良いもんじゃないですよ」

「何か、問題があるのですか?」

「それはもう。魔力の属性同士が絶えず反発しあっていて一度に三つ以上だったり、大掛かりな魔術だったりは使えません」


 ようやく開けられたペットボトルからコップに水を注ぎながら告げる。


 適正があるということは、それぞれの魔術に適した魔力が存在するということ。


 花菱の場合、全ての魔術に適正がある魔力を持っているという表現は正確ではない。それぞれの魔術に適性がある魔力を全て併せ持っているというのが正しい。

 水をベースに様々な飲料を作りだすのではなく、沢山の飲料が混ざった液体からそれぞれの飲料を取り出すようなもの。


「それに、魔力切れがによる症状が重篤なので……一歩間違うと死に至りかけたりしますし」

「魔力の急速生成によるフィードバックが重い、と」

「ええ。魔力生成器官の稼働が活発化すると、生成器官内で魔力間反発をしはじめるようで……あまりにも酷いと器官破裂の危険性があるとか?」


 いつのまにやら荷物整理の終わったセレーナが、目の前の椅子に座っていた。最初の話題は何だったかと、花菱は話の着地点を思い出す。


「まあ、こういう魔術師なので特殊な業務について臨機応変に対応が出来るんですよ。だから色々なところを飛び回って、仕事をしているって訳です」

「そういうこと、なんですね……」


 ゆっくりと何度か頷きながら、責任感の強い依頼主は表情を曇らせた。イズミが傷ついたことにも心を痛めるセレーナだ、脳内を占めるのは最悪のイメージだと用意に想像が付く。

 コップの水を一息にあおると、ふっと笑みを浮かべてみせる。


「そんな顔しないでください。普通に健康体ですし、それなりに強いですよ?」


 ベタに力瘤ちからこぶを作って見せ、触ってみてくださいと言えば。恐る恐る白魚のような手が伸びる。右腕、上腕二頭筋は男のようにしっかり盛り上がるとはいかないが、それでも鍛えられているのが分かるくらいには硬い。


「き、鍛えられてますね……!!」

「これでも、戦闘時は前衛を務めますから」

「ですがエリ様。どうか、どうか、無理はしないでくださいね?」


 アンバーの瞳が、心配げに揺れながら花菱を見据える。魔術師らしからぬ真っすぐとした気遣いに、くすぐったく感じるのは気のせいではないだろう。


「ええ、――勿論」

「約束ですからね?」


 微笑みを浮かべて返した花菱の生返事に、目聡く畳みかけるセレーナ。笑って誤魔化せばむうと膨れたように口を尖らせた。腕時計の針は、午後九時半頃を指す。


「こんな時間か。セレーナ嬢、シャワー先に入られます?」

「そうですね……エリ様が良いのでしたら、お言葉に甘えて」

勿論ですともOf course.


 恭しく一礼をしてみせれば、セレーナはくすっと笑みを綻ばせる。着替え一式や洗顔・歯ブラシセットなどを両手いっぱいに抱えると。


「それでは行ってきますね!」

「行ってらっしゃい」


 セレーナはシャワールームの方へと入っていった。

 しっかりと扉が閉められたことを確認すると、開けたままにしておいたキャリーケース方へと静かに手を伸ばす花菱。

 衣類圧縮ビニール袋で綺麗にパッキングされた荷物をかき分け、隠すようにいれておいた黒いケースを取り出す。


(よし、無事っぽいな)


 開いた中に入っているのは、スマートフォンとポケットサイズのWi-Fiルータ。そしてワイヤレスイヤフォンの形状をしたインカムが三個。

 スマートフォンとWi-Fiルータの電源を入れる。腕のある魔術師であればあるほど、魔術で代用できるために滅多に電子機器を使用しない。それを逆手に取って、秘密裏の連絡用として用意しておいたものだ。

 しかし。


「うおおおおおおい圏外ッ……?!」


 スマートフォンの表示は依然として圏外。ルータは正しく起動しているというのに、何からの魔術干渉が張られているか、あるいは人気ひとけのない山間すぎるということか。小声で思いの丈を叫んでしまうのも仕方がないというものである。


「……連絡は取れないとしても、インカムは使えるか」


 スマートフォンはとりあえず再度電源を切り、取り出すはイヤホン型のインカム。ローカルにデバイス間通信ができるよう科学的にも魔術的にも手を加えたことで、こちらは問題なく使えるようだった。


(……まだ、使う時じゃないか)


 動作確認を終えれば再度ケースに仕舞いこみ、更にキャリーの奥底へと沈みこませる。明日から運用することもできるが、初手から手札を切る必要はないだろうと考えての行動だった。


 ジジジジジ、とファスナーを閉める音が途切れたタイミング。


Lock.施錠せよ

「ただいま戻りました」


 開かれた扉の向こうに見えるは、三つ編みが解かれ下ろされた長い金髪ブロンド。持って入った荷物類を抱え、ワンピースのルームウェアに身を包んだセレーナが立っていた。編み上げブーツもルームシューズへと履き替えており、十分に温まったのか頬は桃色へと染まっている。


「シャワーはやはり、いいですね。とてもさっぱりできました」

「セレーナ嬢はお風呂……というかシャワーがお好きな方ですか?」

「ええ! ほとんど毎日、浴びれるときは浴びていますよ」

「そうなんですね。毎日シャワーを浴びない人の方が多いので、なんだか親近感が湧きます」


 毎日入るのか当たり前、だった花菱がベルリッジと住んで一番驚いたのはお風呂文化である。様式も違えば頻度も違う。水資源の豊富さなども要因であるのだろうが、人々のシャワーに対する認識の差もあり戸惑ったことを鮮烈に覚えていた。


「確かに、日本人は綺麗好きですものね。お待ちかねのシャワーに、エリ様もいってらっしゃいませ!」

「ええ。何もないとは思いますが、人が来ても扉を開けちゃ駄目ですよ?」


 併設のシャワールームは、日本のホテルのような広々とした設備だった。洗面所、お手洗い、バスタブとシャワーの配置は西洋式であるが、花菱にはもう慣れたものである。

 先に化粧を落とし、洗顔をする。それから服を脱いで、バスタブへ。


「……疲れたなあ」


 きゅっとノズルを捻れば、頭上のシャワーヘッドからお湯が降り注ぐ。頭を洗い、身体を洗い。肌を滑る湯の温かさに身を解しつつ、時間も遅いことから手早く済ませていく。

 魔術をドライヤー代わりに髪を乾かしつつ、歯を磨き。チュニックにウエストがゴム紐のクロップドパンツに身を包み、ルームシューズを履けば終了。


「ただいま戻りました、っと……」


 扉を開けば、先程と一転。煌々としていた部屋の照明は消され、寝台ベッド脇のシェードランプの温かな明かりと燭台の蝋燭の火が揺れる。寝る前という事でセレーナが手を回してくれたのだろう。


「おかえりなさい」


 寝台ベッドに腰かけて手帳を開いていたセレーナが顔を上げる。橙色の光に照らされ、金髪ブロンドがきらりと艶めく。


「照明を勝手に変えてしまいましたが良かったでしょうか?」

「ええ、有難うございます。暖色灯は気が休まりますから」

「それなら良かったです」


 ふふ、と微笑を浮かべるセレーナに、花菱も微笑んで返す。荷物をまとめて円卓テーブルに置くと、向き合うように寝台ベッドに腰掛けた。


「何事もありませんでしたか?」

「ええ。ゆっくり過ごすことができました」

「それは何よりです。じゃ、明日の事もありますし……寝ましょうか」

「そうですね」


 にっこりと笑って首肯すると、近くに置いてあったキャリーバッグへ手帳を仕舞うセレーナ。花菱が小さく魔術で風を起こせば、燭台の火がふっと消えた。

 それぞれルームシューズを脱ぎ、毛布の中へと身を沈めていく。


「エリ様、おやすみなさい」

「おやすみなさい、セレーナ嬢」


 寝台ベッド脇におかれたシェードランプの光量を下げる。薄暗くなった部屋の中、睡魔に襲われた二人は眠りへと落ちていった。

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