act.4 Participants meet in one place

4-1:お席にご案内いたします

 花菱が部屋に戻ると、ぱあっと明るい笑みを浮かべてセレーナが出迎えた。しっかりと休めたようで、最後に見たときよりも見るからに血色が良い。


「よく休めたみたいで何よりです」

「ええ。恥ずかしながら、椅子で居眠りをしてしまいました……」

「誰も見ていないんですし、いいんじゃないですかね?」


 少し照れたようにセレーナが微笑みながら言う姿に、花菱もふふっと笑みを浮かべて返す。部屋の中の方へと足を進めると、視線を向けるは寝台ベッドの方。


「イズミは?」

「一度も起きること無く、ぐっすりと眠ってらっしゃいましたよ。でも……」

「ですね、もうそろそろ起こさないと」


 ソプラノは言葉を引き継ぐように頷きながら、寝台ベッドの横に立つ。すぅ、すぅ、と規則正しく聞こえる呼吸音。寝顔を見ると、こちらも休息を取ることができたからか、比較的穏やかなものであった。


「イズミ」


 そう呼び掛けた後、傷ついた身体を不用意に揺らすわけにもいかず、耳元でパチパチ、と指を鳴らす。びくり、と身体が反応したことから、意識が浮上してきているんだろう。


「おーい、起きろー」

「イズミ様、起きてください」

「……ん」


 ふるり、と震える睫毛まつげまぶたが開き何度か瞬きをしてから、漆黒の瞳がぼんやりと花菱とセレーナを捉えた。


「おはよーございます」

「……おはよう」


 掠れ気味のバリトンボイスは、若干呂律が回っていないような寝起きの声だった。上半身をゆっくりと起こす姿に、痛みをこらえるような様子はない。


「イズミ様、お加減はいかかでしょうか?」

「多分、割と、良い」


 手をグー、パー、グー、パーと握ったり閉じたり、肩を回したりしていたが問題はなさげだった。花菱とセレーナに空間を空けるように告げると、寝台ベットに腰掛けるように足を地面に降ろし、イズミは靴を履く。


「足は動かせそうか?」

「筋肉痛はあるが、まあ動けるだろう」

「そっか。それでこの後の予定だけど」


 と、そこまで口に出したところで、花菱は言葉を切った。同じことを思っただろうセレーナと視線が交わり、壊れかけの片眼鏡モノクルを装着するイズミが不思議そうに見上げる。


「何だ、どうかしたか」

「……着替えた方がいいね。多分」

「そうですね、流石にその格好かっこうはちょっと……」


 イズミの衣服は先の戦闘で切り裂かれ、血の跡もついている。見え隠れする肌の傷は塞がっているようで何よりではあるが、流石に一人の同僚として、晩餐会へそのままの格好で行かせる訳にはいかない。


「この後、何かあるのか?」

「有り体に言えば顔合わせ兼晩餐会、かな」

「……だが、荷物は」

「馬車の荷台に仕舞った時点でこちらに送られており、無事でしたよ!」


 ほら、あちらです。

 ソプラノが喜々として円卓テーブルの下を指差して見せると、珍しく黒い目が驚きに染まった。確かに自身の荷物であり、そして空間連結術の術式を馬車に使うという高難易度を可能にする技術力が感じ取れたからである。


「着替える」


 呟きと共に、少々ふらつきながらも寝台ベッドから立ち上がるイズミ。セレーナが鞄を取ってイズミの方へ持ってくると、礼を言いつつ受け取ってパーテーションの向こう側へ消える。

 そこでコン、コンコン、と響く、戸を叩く音。セレーナが振り返り、花菱が腕時計を見れば、時刻は午後五時四十五分頃を指す。


「案内係さんでしょうか?」

多分ねMaybe.


 何故か低い位置から響く音を不思議に思いつつ、がちゃり、と扉を開けば。

 花菱の目に映る、二羽にわのウサギ。

 見紛うこと無きウサギ、しかも白ウサギと黒ウサギである。花菱が左へ首を傾げると、ウサギも左へ首を傾げ、右に傾げれば、右に傾ぐ。きゅるんという効果音さえ聞こえてきそうなその容姿に。


「エリ様?」

「いや、……なんでもない?」

「疑問形なのは何故なのでしょう」


 可愛らしさで思わず思考回路がショートしかけたことを、花菱は誰にも悟られまいと密かに口内を噛んだ。どうぞ、と部屋の中へと道を空ければ意味を理解しているかのようにスルスルと部屋の中へ入って来る。


「ウサギさんが二羽も……!! 成程、エリ様の気持ちが分かりました」


 目を輝かせたセレーナがそう告げるのに対し、もふもふを見てにやけそうになる口元を隠す花菱。口を開けば何を言おうにも本音が出て来てしまいそうで、ウサギに関して何も返事はできなかった。


「この子が案内係とは、不思議の国を思わせます……」

「あー、イズミ、準備はどう?」


 ウサギと戯れるセレーナを羨まし気にちらりと見つつ、部屋の奥へと視線を遣る。パーテーションの向こうでは、するすると未だ衣擦れの音がする。


「まだ、時間がかかる。先に行くといい」

了解りょーかい。セレーナ嬢」


 声をかけるとしゃがんだままアンバーの瞳が見上げ、どちらからともなく頷き合う。花菱個人としては目的地の場所を知っているももの、家政婦メイド二人の気遣いとウサギの気持ちを無碍にしたくはない。


「案内、してくれますか?」


 戯れていたウサギに向かってソプラノが語りかければ、立っていた耳をぴこぴこと動かす。二羽はそれぞれ見合うような仕草をしてから、黒ウサギは動くこと無く、白ウサギが出入り口の方へと歩き出した。

 花菱がタイミングよく扉を開ければそのまま廊下へと進み、付いて来いと言わんばかりに二人を振り返る。


「行こうか」


 窓の外は暗く、夕闇が静けさを運んでいた。等間隔で壁に掛けられた燭台の火が、ゆらゆらと絨毯を照らす。廊下に出て分かったことだが、少し先のウサギはだけ少し発光しており、純粋な生物ではないだろうことが推察される。

 本来、この程度の見分けなぞ花菱には簡単につく筈のものであったが。


(基準の魔力濃度が濃くて、魔力センサーが狂いそう……)


 レイラ・コルテンティアの館は山間にあり、そして山は古くは異界への入口とも考えられてきた。夜ということもあってかその神秘性は増幅し、辺りに漂う魔力の濃度が高い。濃い味のもの食べた後に薄味が感じにくくなるような、そんな感覚のバグが起こっている。


(早く慣れないと、これはやりにくい)

「エリ様見てください!」

「ん?」


 サーキュラー階段に差し掛かったところで、ソプラノが意識を引き戻す。宵闇でも分かる綺羅綺羅しい瞳が見るのは、先行する白ウサギの背中。


「ウサギさんが器用に階段を下りています……!!」

「ほんとだ。……かわいい」


 そうして眺めるだけで全く下ってこない二人に、痺れを切らした白ウサギが軽くスタンピングをしたものの。それすらも女子二人は楽し気に見つめていた。


 だが、楽しい時間とは長くは続かないものである。


 絨毯の上を踏みしめ続け、一階――大広間前。

 ウサギを眺めていたほんわかとした空気は、正面玄関エントランスホールを抜けた頃からピリリとひりつくような緊張した雰囲気に塗り潰されていた。

 相も変わらずそっくりな顔を隣に並べ、クレアとクロエが扉の前で待ち受ける。


「お待ちしておりました」

「お席にご案内いたします」

「……よろしく」


 クロエの先導で入る、しんと静まり返った大広間。上座も下座もない大きな円卓ラウンドテーブルは真っ白なテーブルクロスが掛けられており、既に一人クリストヴァルが座っている。

 用意されているプレースマット、カトラリーは六人分。

 

(知らないのは後二人、か)

「エリ様の席がこちらです。どうぞ」

「有難う」


 クロエに椅子を引いてもらい、着席する花菱。そして花菱の右隣に、セレーナが着席する。椅子の位置を微調整し視線を上げれば、花菱の正面には丁度クリストヴァルの――唖然とした姿が、目に映る。

 花菱の視線に気が付くと、ハッと意識を取り戻したらしい。まだ部屋の中にいたクロエを呼ぶと、そのまま大広間を出ていく。


(……どういう意味だ?)


 入れ違いのように入って来たのは、焦げ茶色の癖っ毛が跳ねている青年だった。これまた交互に役目を入れ替えているらしく、クレアが先導して着いた席はセレーナの隣。


「どうぞ」

「あ、え、あ有難うございます」


 緊張しているのか、少しどもりながら礼を告げる声は弱弱しい。どことなく既視感があるような気がした花菱だが、いまいち思い出せずに内心首を捻る。

 そうこうしている間に、着替え終わったイズミが入って来る。面倒だったのか局員服に身を包んでおり、ただでさえ黒髪であるのに黒地ベースの服であることから全体的に黒く、目立つ。


「お席はこちらです。どうぞ」

「どうも」


 座ったのは花菱の左隣、奇しくも三人並ぶ形になる。護衛を行う花菱らの身としては有難い限りであるが、出来ればセレーナを中心に両脇を固めたいのが率直なところである。

 何食わぬ顔でクリストヴァルが席に戻ってきたことで、埋まっていない席は残りたったのひとつ。

 腕時計を見遣れば、既に午後五時五十八分頃。

 誰一人として言葉を発することなく、最後の参加者を待つ。不気味なまでの静けさが辺りを包み込む中。


「おや、待たせたの」


 涼やかな声が告げるその一言で――空気が、変わった。


 クレアの後ろ、大広間の入口に立っていたのは一人の少女。歩くにつれて揺れる長い長い髪は白く、光の加減で様々な色合いを魅せる。オパールを嵌め込んだような瞳の輝きは、人らしさを感じさせない精巧な作り物のようでさえあった。


「どうぞ」

「うむ。……よっこらせぃ、と」


 クレアが椅子を引くと、周りの視線を気に留めることも無く優雅に座った少女。しかし見目こそ少女であれど、そのよわいは優に百を超える人為らざる人。


(……こんな大御所がくるなんてな)


 花菱でも知っている、魔術界に知れ渡るその名。ノイシュ・ファン・エルンディアであった。


若人わこうどらよ、待たせてすまなんだ」

「……いえ。丁度定刻です」


 ノイシュの放つ神々しさにも似た威圧感に、誰も彼もが貝のように口を閉ざす中。魔術界では最も高い血筋を持つイズミが唯一返答する。


「そうかえ、そうかえ。なれば、珍しく間に合ったようだの」


 からからと口元に手を当て、至極無邪気に笑って見せるその背後。クレアとクロエが内側と外側からゆっくりと大広間の扉を閉める。

 完全に閉じられた扉。隔離された大広間に、候補者の面々が顔を突き合わせる。薄緑の瞳はそのそれぞれを見渡した後、一礼の後に口を開いた。


「それでは、晩餐会を開始いたします」

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