3-2:これからどーします?

 クレアとクロエの手を借りつつ、寝台ベッドにイズミを寝かせる。人手があれば意外と何とかなるもので、すんなり横たわらせることができた。

 片眼鏡モノクルを慎重に外し枕の側に置いてから、セレーナはそっと布団を掛ける。


「寝て、いらっしゃいますね」

「ま、色々と限界だったんじゃないですか、多分」

「……そう、ですね」


 治癒促進に伴う眠気に、身体を酷使したことによる疲労。何らかのリミッターとなっている片眼鏡モノクルの破損も、体調に影響を及ぼしているだろうことが花菱には予想できていた。


「手伝ってくれて有難う、助かったよ」

「いえ、これがわたくしたちの仕事ですので」


 振り返りそう声を掛けると、少し離れたところで控えるクレアが答える。クロエはといえば、しっかりとした背凭れ付きの椅子を持ち上げていた。寝台ベッドの側から離れないセレーナへの気遣いである。


「よろしければどうぞ」

「お気遣い、有難うございます……」


 心細げにソプラノを響かせながら、背凭れに細い体を預ける。ほうっと息を吐く姿は深窓の令嬢のようにさえ見える儚さがあった。思わず俯いた頭に手が伸び、髪の流れにそって花菱は金髪ブロンドを優しく撫ぜる。


「丁度いい機会だし、今のうちに休んどいてもらいましょう。選考会中は、どのくらい休息できるか分かんないですし」

「そう、ですね……!」

「その選考会についてですが」


 差し込まれる落ち着いた声色に、撫ぜていた手が離れる。花菱とセレーナの視線が振り返るようにしてクレアへと吸い寄せられる。


「本日の進行予定をお話してもよろしいでしょうか?」

「勿論、お願いします」


 首肯して返す。すると、何故か片割れへと視線を遣るもう一人。視線に気が付いたクロエが定位置かのように並び立ってから、クレアは話を始めた。


「選考会最初で最後の共通行事として、午後六時頃より候補者様方の顔合わせを兼ねた晩餐会を予定しております」

「一階の大広間にて行う予定です。十五分前には案内係を派遣致しますので、ご安心ください」

「また晩餐会の最後にて、明日から取り組んで頂く選考課題を発表致します。必ず参加いただきますようお願い致します」

「以上が本日の進行予定となります」


 ご質問などはございますでしょうか。

 そうクロエが付け足す言葉に、花菱はセレーナを見遣る。ふるふる、と振るわれる首を認めると、視線を戻して。


「進行予定については問題ありません。……そういや、お手洗いってどこにありますか?」

「各フロアにおける廊下の突き当りにございます。また各部屋に備え付けられているシャワールームにも併設されております」

「となると、バスタオルなどを借りることは可能ですかね?」

「勿論です。用意されているものをご利用ください。毎日お部屋の清掃時にお取替え致します」

「助かります」


 とんとん拍子に進む話。これだけ沢山話していても交互に返答するクレアとクロエには、何やら会話について強いこだわりを感じるものである。

 他に設備関係について何かあるだろうか、と顎に手を当てて思案するが特になく。まあ何とかなるか、の精神で落ち着いたところ。


「あ。最後に、私達の部屋の鍵を頂いても?」


 思い出されたのはルームキーについて。あっ、と小さな声を溢したところを見ると、家政婦メイド達も忘れていたらしい。


「かしこまりました。イズミ・カーティス様の鍵をお預かりいただいても?」

「構いませんよ」


 こちらがエリ様の、そしてこちらがイズミ様のものです。

 そう告げながら掌に乗せられる、二つのキー。混乱しないようにさっと鍵先の形状を見比べ、花菱はそれぞれの特徴を覚える。


「部屋の位置はどこですかね?」

「この部屋を出て左手の方向、二つ隣となっております」

「分かった、有難う」


 とりあえず無くさないように、と上着の内ポケットへとキーをしまう花菱。その視線が外れた僅かな間に、クレアとクロエはアイコンタクトを交わすと一歩下がり。


「では、一度失礼させていただきます」

「また晩餐会にてお会いしましょう」


 無機質な声と共に丁寧なお辞儀を一つ。そして引き留めるような間もなく、さくさくと歩き進んで部屋の出入り口の方へ。音を立てることなく扉を開き、クロエの軽い会釈を最後に扉が閉まった。

 一呼吸。息を吸って、吐いて。花菱はぐーっと伸びをしてからセレーナを振り返る。


「さて、これからどーします?」


 腕時計をチラリと見れば、現在時刻は四時を少し回った頃。再度、アンバーの瞳と藍色の瞳をかち合わせれば、不思議そうに見上げられる。


「晩餐会までは大体二時間ぐらいありますけど」

「そうですね……エリ様はどう過ごされる予定ですか?」

「私ですか?」


 現在置かれている状況。そして家政婦メイドから得た情報とこれまでの情報を総合的に捉え直し、何をすべきだろうか。十秒程の逡巡を経た後、花菱は口を開く。


「とりあえず、一度部屋に荷物があるか確認してから館のマッピングを行おうかと思ってます」

「マッピング、ですか?」

「はい。どのくらいの広さか、部屋数、隠し通路や隠し部屋がありそうか……把握しておこうかと思いまして」


 どのような内容で選考をするのかは分からないが、広い建物に庭園も存在するという広大な会場である。秘密多きあるじの孤城に、地図の存在を期待するほど花菱は楽観的ではなかった。


「そうですか。……二時間も、何をしましょう」

「ある程度は自由に動いて良いと思いますよ?」

「え?」


 顔合わせを兼ねた晩餐会、ということは主催者側としては基本的に参加者各位が互いの素性を知らない前提で進めているということである。勿論、ベルリッジを筆頭に広く選考会についての情報収集を行ったが、得られた情報など皆無に等しい。

 となれば、“素質なし”として魔術界の外側に居たセレーナが、選考会に居ると予想をつける者は皆無と言ってもいいだろう。


「ほら、屋内ですし? 二人の家政婦メイドも常駐しているのであれば、外部からの襲撃されるの確率は低いと思いますから」


 あー、歩き回るのはちょっと、控えた方が良いと思いますけど。

 後頭部を掻きながら花菱がそう付け足せば、くすっと笑みを綻ばせてセレーナは見つめ返す。


「……有難うございます、エリ様」

「? よく分からないですけど、どういたしまして?」

「はい。ええと、私はこのままイズミ様の様子を見つつ、休憩しようと思います」


 ちょっと疲れてしまったので。

 響くソプラノはちからなく、ほどんど変わらない笑顔ではあるものの疲弊が見え隠れしている。慣れない馬車での移動や徒歩などの身体的疲労のみならず、知らない人との三人旅、魔術師の襲撃による心理的負担など気疲れもしているだろう。


了解りょーかいです。セレーナ嬢も、今のうちにしっかり休んでください」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます」


 数十分前までの緊迫した状況と打って変わった、緩やかな時間の流れに身を浸しつつ。イズミのルームキーをセレーナへ預けたり、念の為と一緒にシャワールームの確認をしたりなど贅沢な時間を過ごした後。


「行ってらっしゃいませ、エリ様」

「行ってきます、セレーナ嬢」


 見送りを背に、花菱はイズミの部屋を出たのだった。

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