安っぽいホイップクリーム

 安っぽい味がするクリーム。

 母は植物性のホイップクリームをそう呼んだ。

 それは確実に誉め言葉ではなく、小馬鹿にするような響きがあるように思う。

 実際家でホイップクリーム(名前は出さないがクリームの妖精がパッケージに書いてあるもの)が出た事は無く、あったとしても自分で一から泡立てる本物の生クリームのみだった。


 だがしかし、私は以前『夢のショートケーキ』で述べたように、生クリームはそこまで好きではない。

 少しあったら気分は上がるのだが、自分で作ると柔くて、固めるために入れたレモン汁の味がする。

 正直そこは匙加減だろという話なのだが、どうにも面倒なのだ。

 そもそも絞るだけで出てくるホイップクリームが生み出されているのにも関わらず、生クリームに拘って不出来なものを口にするのは如何なものか。


 私がガサツかどうかという問題はこの際どうでもいい。

 滑らかさも、生乳の味も、高級さも要らないから、ホイップクリームを食べたい。

 要するに今日の主題はそれなのである。


 私がホイップクリームに出会ったのは幼稚園の時。

 仏教系の幼稚園に通っていた私は、お泊り会の場所が寺だった。

 日本の古い絵を見て読み聞かせ、誕生日プレゼントも仏像、まさか食べ物まで玄米に沢庵なんて事はあるまいな(それが白米であったら今は喜ぶかもしれない)


 ――なんて考える程大人でも無かったが、取り敢えず寺で出される昼食がどんなものかは気になっていた。

 友達と畳の上で遊び、水遊びもし、幼稚園生らしくひたすらに遊び呆けていると、あっという間に昼食の時間になる。

 昼食は外に簡易机をセットして食べるというピクニックのような設定に私含め皆はしゃいでいた。

 普段しない事をするワクワク感が今でも損なわれていないのが嬉しい。


 肝心の昼食はというと、甘口のカレーライスだった。

 普通だけど、普通で良かった。

「いただきます」と言って、ほぼ具のないカレーライスをぱくぱくと食べ進める。

 こういう甘口のカレーはいつ食べても、そんなに大差ないよなあと思う。

 因みに私はグリーンカレーは好きじゃなくて、チーズナンが好き。

 どうでもいいか。


 カレーを食べ終えて出てきたのは、プッチンプリンならぬプッチンゼリーだった。

 記憶にあるのはテカテカしたブドウ味。

 先生がプッチン用のお皿を持ってきたのだけれど、当時の私はこういう類のものをプッチンせずカップから食べていたので何でだろうなと思っていた。

 その答えは直ぐに出た。

 先生の片手には例の

 何個か持って、一番前の列の人に渡し始めたのだ。


 ゼリーにホイップを絞るのは、結構珍しいのではないだろうか。

 プリンとかケーキなら分かるけど、ゼリーはゼリーだし……なんて幼稚園生の私は思っていたはずである。

「自分で好きに絞って下さいね」という先生の呼び声で、皆自由にかけ始めた。

 男の子はたっぷりと適当に絞るが、女の子は形を気にして絞っていて、あの年から違いがあるのは面白いなと思う。

 私も控えめにホイップを絞って、スプーンでつついた。


 突いてもへにゃっとならない。

 結構固くて、ショートケーキに乗っているのとかとは違う……!

 次に紫色のそれと一緒に掬って口に入れて驚いた。

 美味しいのだ。

 まずいと思っていた訳じゃないけど、意外にもブドウ味のつるっとしたゼリーと合う。

 植物性なので味があっさりしているからだろうか。

 固めの触感も味も、正直本物の生クリームより好きだった。

 安っぽいゼリーに安っぽいクリーム。

 でも私は高校を卒業する今でも覚えている味。

 食べ物は値段じゃないのだなあ、なんてそれらしい事を言ってみるが単純に私の舌が肥えていないだけかもしれない。


 今食べたらどうなるのだろうか。

 母の目を気にしながら今度試してみようと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る