しゅわしゅわカステラ


 カステラは美味しい。


 それでもって、甘味控えめな卵の味が際立つ生地に控えめに大粒のザラメが付いているのが奥ゆかしさがあって良い。

 生クリームやチョコをかけた誤魔化しの美味しさでは無くて、いつ食べても「ああ美味しいなあ」ってしみじみする味が好きだった。

 とはいえ、あまりカステラというものは食べるものでは無い。

 美味しいとはいえ和菓子屋に言ってカステラを買うかと言われたら微妙だし、せいぜい手土産に頂いて食べる程度である。


 だが最近、母がカステラを八本も買った。

 わが家の食に何か波乱がある時は、大抵母の影響なのだ。


「あの特別な〇〇卵を使った特別美味しいカステラが今だけ――」

 という謳い文句に簡単に乗せられてしまう母の軽さには心配があるが、カステラは好きなので文句は言わなかった。


 だが。


 そう、だがなのである。

 美味しいとはいえ、こう目の前に八本も並べられてしまってはどうしようもない。

 あの素朴な味が美味しい! と言っても流石に飽きてしまいそうな気がした。

 素朴を永遠に味わえるほど、私の舌は純粋ではない。

 色んな味を知りすぎてしまった。



 そんなある日、といってもほんの数日前の事なのだが母がある提案してきた。


「カステラケーキを作ろう」


 かすてらけえき……と聞きなれない言葉を繰り返すと、母は


「カステラにいっぱいカスタードクリームをつけて食べよう」


 と言った。

 それを聞いた時は本当にドギャアアンっという効果音がしそうなほど衝撃を受けた。

 そんなことをしていいのだろうか、だってカステラだぞと。

 さっき散々生クリームを邪道として扱っていたのに? と読者の方は思うかもしれない。

 違うのだ。

 カスタードクリームは、別物なのだ。

 私はカスタードがとても好きなのだが、なかなかカスタードを扱ったお菓子は多くない。

 タルトやシュークリームくらいだろう。

 生クリームがもたれてしまう私にとって、カスタードは特別なクリームなのだ。

 誘惑に負けた私は二つ返事で母の案を採用した。



 カスタードは母の手作り。

 卵の味がとても強くて、市販の物よりももったりしている。

 私は出来上がりまでソワソワしているだけで、お手伝いをしなかった。

 私が手を加えてはいけない気がしたとでも言っておこう。

 まだ温かい出来立てのカスタードをカステラに乗せると、本当に幸せそうな見た目になった。


 ケーキなのでフォークを入れると、しゅわっとすぐに切れる。

 カスタードがかかって少ししっとりしたカステラが、とても美味しかった。

 カスタードも甘味が強くないので、全然くどくない。

 スフレケーキのようなものかなと思ったけど、手作りならではの魔法もかかってるのだろう。

 なんなら有名店のショートケーキとかよりもよっぽど美味しいと思った。

 多分はちみつを少し垂らしたり、カステラを焼いて表面をサクサクにしても合うだろう。

 もしゅもしゅふわふわといった不思議な食感に「不思議だなあ」とぱくぱく食べていたらいつの間に無くなっていた。


 久々に幸せそのものを頬張ったという感じがした。

 カロリーは、見ない。

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