肝油ドロップ
若い人はあまり聞き覚えがないかもしれない。
そもそも肝油というのはサメやタイの肝臓から取れる液体で、眼精疲労や野菜不足の人などが服用すると効果があるらしい。
健康には人一倍敏感な母が、野菜嫌いな私を想って小学生の時に買ってくれたのが肝油ドロップというものだった。
イルカやペンギンが描かれた水色の缶に沢山入っているそれを母は差し出して、
「一日三粒迄ね」
といつも私に言っていた。
見た目と大きさはおはじきを膨らませた様で、周りがザラメに覆われている。
口に含むとザラメが舌に擦れてザラザラというのが楽しくて、いつもすぐには噛まずに飴玉の様に舐めていた。
食感はグミとソフトキャンディの間の様で、噛むと確かにオレンジの風味がする。
味は本当に普通なのだ。
美味しいが、目を輝かせるほどの美味しさではない。
アイスやチョコレートなど他にも美味しいものは沢山ある。
だが、この肝油ドロップというものは魔の食べ物であった。
気付いたら無意識に缶に手を伸ばしているのだ。
何度母の目を盗んで三粒という上限を破り続けたことか。
「体にいい」
という言葉が自然と私の背中を後押ししていたのかもしれない。
勿論たくさん取れば良いという訳では決してないのだが、小学生の私の前でそんな言葉は無効だった。
そんな肝油ドロップも、ある時からぱたりと見なくなってしまった。
母の思い付きで買われた肝油ドロップは、母が興味を無くしたことであっけなく姿を消してしまったのだ。
今思うと、値段の事もあったのかもしれない。
目に見えるほどの効果が無いし、何より誰かさんのせいで消化が早い。
初めは口寂しく思っていたものの、所詮ただのドロップ。
時が経つにつれ、私の記憶からも薄れていった。
最近になって、朝御飯中に肝油ドロップの話をする機会があった。
私は話に参加しながらも、必要以上に食べていたことはお口チャックをしていた。
別に今となっては何てことない話だが、何となく私だけの秘密にしておきたかったのだ。
だが、そんな私の横で母は大きな声で
「あれ小さい時にこっそりいっぱい食べてたよね」
と言ったのだ。
それに父も頷いて、
「物置に忍び込んでばくばく食べていた」
とソファーで寛ぎながら笑った。
私はそれを聞いて、何故かつまらなくなってしまった。
皆辿る道だったのだという事を知ってしまったからだ。
それと同時に、いかに肝油ドロップが子供にとって魅惑的な食べ物かを表しているとも思った。
もしかしたら私が盗み食いをしたのはバレていたのかもしれない。
でも、数年経った今でも思い出すあの食感とオレンジの香りを、私は一つの大切な思い出としてしまっておきたいと思ったのだった。
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