第3話 雨のち晴れ

恵理が死んでから五日が経った。

お通夜と葬式には参加させてもらった。


何もかもがどうでもいい。

学校は休み、俺は1人家で外を眺めている。

未だに雨が降っている。


「恵理……」


ふと恵理のことを思い出しては涙をこぼす。

そんなことがこの最近よくある。

俺の心には、大きな穴がポッカリ空いたままだった。


両親は買い物と言って家を出た。


俺はベランダに出る。

街はうっすらと霧がかかっている。

俺はマンションの7階に住んでいる。

梅雨に入る前は、街がほとんど一望できるのだが、この季節はそうもいかない。


俺は顔を出し、下を覗き込む。

そして、ある言葉が頭に響いた。


ここから落ちれば、俺は恵理と同じとこに行けるのかな……


そう思った時には、俺は上半身を壁から乗り出していた。


「ただいま……直樹!!」


もう少しで重力に従い地面に向かって落ち始めるというところで俺の服が引っ張られた。

そのまま後ろに引っ張られ、ベランダに尻をつく。


「いって……」

「何しとるんだこのバカ!!」


そういって父さんは俺の頬を勢いよく平手で叩いた。

バシンッという音が鳴り響き、同時に痛みが広がる。

俺は父さんを睨みつける。

父さんはそんなこと気にせずに、再び怒鳴った。


「お前が死んでも、恵理ちゃんは悲しむだけだぞ!!」


ああ……ごもっともだ。

俺が今死んでも誰も喜ばないだろう。

そんなことは分かっていながらも、俺は黙ってその言葉を受け入れなかった。


「うるせえ!!悲しむってなんだよ……恵理はもう死んだんだよ!」


俺は言ってはいけないと分かっていながら、その言葉を発した。


「お前はいつからそんな奴になったんだ!」


再び頬に痛みが走る。


「ちょ、お父さん……」


母さんが呼び止めたが、父さんには聞こえていない。

そして父さんは拳を俺の胸にそっと当てた。


「恵理さんは、お前のここにいるだろ!恵理さんとの思い出がお前の中で生きているだろ!……お前が心の中にいる恵理さんまで殺したら、本当にいなくなっちゃうだろ……」


目の前の父さんは、目から涙をこぼしていた。

そして俺も、知らぬ間に涙をこぼしていた。


そんなこと分かってる……

分かってるけど……


「恵理……」


涙はどんどん溢れていく。


後ろから、母さんが肩を叩いた。


「これ……恵理さんが直樹に書いた手紙……さっき恵子さんが渡してくださいって……」


手紙を渡すと、母さんは父さんを連れて部屋を出て行った。


俺は包の中から紙を取り出し開いた。


『直樹へ

 この手紙を読んでるってことは私はもう死んじゃったんだよね。

 病気のこと黙ってて本当にごめんなさい。

 直樹を悲しませたくなくて、怖くて言えなかった。

 本当にごめんね。

 私、直樹と一緒にいられて本当に楽しかった。幸せだった。

 私の彼氏になってくれてありがとね。

 一生そばにいるって約束叶えられなくてごめんね。

 今までありがとう。

 直樹は、前に進んでいってね。

 大好きだよ直樹』


手紙には、所々水滴の跡があった。

それが何かは、言うまでもないだろう。

涙が止まるはずがなかった。

嗚咽が混じり息が苦しい。


「ぅぅ……恵理……恵理……うああぁぁぁ!!」


なんでお前が謝るんだよ……

恵理は何も悪くないだろ……

俺も、恵理と一緒にいられて幸せだったよ……


視界はグチャグチャで、俺は泣くことしかできなかった。



目を開けると、俺にはブランケットがかけられていた。

どうやら泣き疲れていつの間にか寝ていたらしい。

時計を見ると、朝の3時を回った頃だった。

寝室からは、父さんのいびきが聞こえてくる。

両親を起こさないようにそっとベランダに出る。

死ぬ気はない。

ただ、外の景色を見たかった。


月明かりが俺を照らす。

空には雲がほとんどなかった。

ようやく梅雨が明けるのか……

俺はしばらく月を見つめていた。

そうしていると、恵理との思い出が次々に頭の中で流れていく。


俺が告白し、付き合った時。

あの時本当足が今までにないほど震えたんだよな。恵理は気づかなかったっぽいけど……


初めて手を繋いだ時。

自然とお前の手をとるのにどれだけ緊張したことか……

手を繋いだ途端、本当に可愛い笑顔を見せてくれたな……


初めてキスをした日。

その日の夜は全く寝れなかったよ。

次の日、なんだか顔を見るだけで恥ずかしかったな……


それからの思い出も次々に流れる。

倦怠期で大喧嘩したこと。文化祭で一緒に踊ったこと。


また目から涙がこぼれ出す。

でも、俺の気持ちはさっきとはどこか違っていた気がした。


「恵理……俺頑張るからな……」


夜空にそう呟き、部屋に入り、再び寝た。



8時頃になり、俺は再び起きた。

父さんと母さんは朝ご飯を食べていた。


「おはよう直樹」

「おはよう……」

「どうしたの?」

「その……昨日はすみませんでした。そして父さん、ありがとう。おかげで目が覚めたよ。俺、恵理の分まで頑張って生きるよ」

「そうか……頑張れよ」


父さんは俯いてそう言った。

母さんは、涙をこぼしていた。

相当心配させちまったよな……

そう思うと、俺からも涙が溢れてきた。


「ご飯、食べるでしょ?」

「うん」



俺はご飯を食べ終わると身支度を済ませ、玄関に向かった。


「どこ行くの?」

「ちょっと恵理の家に……」

「気をつけてね」

「いってきます」

「いってらっしゃい」


ドアを開けると、薄い雲が空にかかっており、霧雨のようなものが降っていた。

おいおい、明けたんじゃなかったのかよ……

傘立てから傘をとり、階段を駆け下りた。


恵理の家に着くと、恵子さんが庭に座っていた。


「こんにちは」

「あら、直樹くん。どうぞ上がって」

「あ、お邪魔します」


リビングに入り、椅子に座った。

恵子さんがお茶を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ……その、ごめんなさい。恵理の病気のこと……」

「恵理が俺のことを考えてしてくれたことなので、謝らないでください」

「ありがとね……そう言ってもらえて恵理もあんしてると思うわ」

「俺、恵理の分まで頑張っていきますから。前を向いて進んでいきます。恵理が、それを望んでいるので……今日はそれが言いたくて……」

「うん……ありがと。本当にありがとう……直樹くんが恵理の彼氏になってくれて本当によかったわ」

「それはこっちのセリフですよ……僕は幸せものです」


それから1時間ほど、恵理の話をした。

お互い時々涙を流しながらも……


「それじゃあ、気をつけてね」

「はい。お邪魔しました」


俺は玄関を出る。

まだ雨が降っているのかと思ったが、空はすっかり晴れていた。

虹が薄くかかっている。

そういえば天気予報で言ってたな。

今日は

“雨のち晴れ“

だって……


俺は家を目指して足を進めた。





〜10年後〜


机の上にある新聞には、

『余命5年とされていた心臓病にの少女の命を救った天才医師現る!!』

と、大きく書かれていた。


目の前のドアがコンコンと鳴り響く。


「どうぞ」

「失礼します。先生、会見の時間です」

「もうそんな時間か……今行くよ」


新聞を置き、机にある一枚の写真に目を向ける。

俺と恵理が遊園地に遊びにいった時の写真……


「いってくるよ恵理」


俺は恵理がいなくなってからできた夢を叶えた。

いや、まだまだこれからか……

俺はもっと多くの人を救っていく。

悲しい思いをする人を、1人でも多く減らすために。





〜あとがき〜

読んでいただきありがとうございました。

そして、更新がとても遅くなり、すみませんでした。


自分の思うような物語が書けて、よかったです。

次はラブコメものを書きたいと思っているので、これからもよろしくお願いします!


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雨のち晴れ メープルシロップ @kaederunner

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