明日引っ越します

錆びた十円玉

明日引っ越します

 私しかいない、とても静かな部屋の中で黙々と荷物をまとめていた。要らないものと要る物に分けながら時々出て来る懐かしい代物に思いを馳せていた。今、手にある冷たいアルバムには、中学の時の輝いている私たちが写っていた。ペラペラとめくっていると顔が綻んでいるような気がする。暫くして何を見るわけでもなく、考えるわけでもなくただぼうっとアルバムを眺めていた。だから気付かなかったのだろうか、携帯電話から着信音が鳴っていた。誰が連絡してきたのだろうかと携帯電話を覗いて見ると、アルバムに写っていた中学の時の友達だった。携帯電話を手に取ろうとしたが、どうせ何も話すことも無いと考えて、携帯電話を取るのをやめた。アルバムをそっと閉じて、出かける準備をした。

 晴れていても冬はやっぱり寒くて、もっと厚着にすればよかったと思いながら、ゆっくりと歩いていた。別に行き先が決まっているわけではないけど、次にこの景色を見られるのは、いつになるのかは分からないから、少しだけでもこの目に焼き付けておきたかった。小さい頃に見た景色とすっかり変わってしまったけれど、その変わる前の姿もありありと思い浮かんで、懐かしい感じがした。この道の角には、十年くらい前までは駄菓子屋さんがあったけど、心優しいおばあさんが亡くなってから、店を閉じてしまった。小学生の頃は、学校が終わってからお菓子を買いによく行ったな。その角を曲がれば、この町を横切る川が見える。この河原で水遊びをしていたことも思い出される。中学や高校になってからは、めっきり遊ぶことなんて無くなったけれど、時々、綺麗な夕日を見に来ていた。今日は、お昼過ぎだから夕日なんて見えない。ちょっと残念ね。河原に座り込んで、今までのことを考えていた。小学生の時には、沢山の友達と遊んで、笑って、とても楽しかった。中学生になってからは、勉強が大変だったけど、友達と時々遊んで、皆が嗤っていたことを思い出す。高校の受験に失敗して、悲しみに暮れていたけれど、ここからその悔しさを高校の勉強に全力を注いだ。嫌で、嫌で自暴自棄になってしまって、とても苦しい思いをしたけれど、決していい思い出ではなかったけれど、これから新天地に行くことになったから、心機一転、すがすがしい気持ちで旅立とうと思えてきた。

「久しぶりだね!元気にしてた?」

 後ろを見てみると中学の時の友達がいた。あぁ、こんなところで会うなんて思わなかったなぁ。何で今。

「久しぶりだね。私は元気だよ」

 話が続かないなぁ。あんなに仲良くしていたけれど、今は誰かと話す気分じゃないからな。

「ねぇ、もうすぐ受験だけど、どこの学校を受験するの?」

「いきなり重い内容になるね。まぁ、県外だけど。そっちはどうなの?」

 すると彼女はだんまりになってしまった。そっちから聞いてきたのに何で何も話さないのか。

「私ね、本当は県外の大学が良かったんだけど、お金の問題で行けなくなっちゃったんだ。だから羨ましいの。」

「そうなの・・・でもどの大学に行くってよりも、そこで何をするかによるんじゃない?」

 そう言い切って、彼女を見ると少しむっとしていたけれど、ふっと笑ってそうだねと喋った。

「確かにそうだね。自分がどうするかによるよね。私、頑張るよ。まぁ、合格するとも分からないけどね」

「確かに合格するとは限らないけど、私は絶対大丈夫。いくことができるから」

 彼女は、何それ!と言いながらクスクス笑っていた。ちょっと嬉しくなって言葉を続けた。

「いつか私のところにおいでよ。私、待ってるから!」

 彼女は、まだクスクス笑っていた。そのまま楽しくなってたくさん話して、日が傾く前に彼女と別れた。

 私は、まとめていた荷物を持って、家を出た。彼女と話して、また心機一転できたような気がする。真っ赤に染まる街を荷物片手に駆けていった。ここは風が強くて、気持ちいい。端の方に行くと、人々の喋り声や叫び声、カラスの嗤う声、沢山の声が聞こえてくる。だけど、もう私の耳には届かない。私は、素晴らしい、未知の世界へと旅立つんだ!そういう心持で私は真っ赤な夕日の世界へ飛び込んだ。

                                     終

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明日引っ越します 錆びた十円玉 @kamui_4869

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