第16話 旧恩

「あんたらも来たのかい!」

静かな村の診療所に威勢のいい女性の声が響き渡ると外で座って待っているアルフがビクッと反応している。

早朝にもかかわらず中は昨晩の乱闘での怪我人でいっぱいのため、既にロシュは慌ただしそうに診察を進めていた。

「す、すみません!」

エレノアが頭を下げて謝ると医師のロシュは髪をたくし上げながら小さくため息をつき、落ち着いた声で声をかける。

「今は混んでるからね。ちょいと時間がかかるよ。 で、昨日の今日でどうしたんだい?」

「実は昨日歩いてしまって足が悪化してしまったのでまた診てもらえないかと・・。」

「ほう、悪化したと・・、あたしゃ昨日何と言ったかねぇ?」

「その・・。2~3日は歩かず安静にしてなさいと・・。」

「だよねぇ! しっかり覚えてるんじゃないかい!」

半分泣きそうな顔でエレノアがノエルに訴えかけてくる。

「ノエル、ごめんなさい! 私やっぱり強くなれそうにない。」

「エレノア、逃げちゃだめだ!」

涙目のエレノアをノエルは宥めていると医師は笑いながらノエル達に声をかける。

「悪い、意地悪しちまったね。あんたら、この村と森のために色々してくれたんだろ。悪いのはこいつらの方だろ?」

そう言ってロシュは治療した男の肩をパシッと叩いた。

「痛っ! 先生、勘弁してくださいよ!」

「人の住んでる森を焼こうとしたんだ。こんぐらいの痛みでガタガタぬかすんじゃないよ。  こいつらの処置は昨日、あんたがしてくれたんだろ。 いい処置だよ。」

唖然としているノエル達をよそ目にロシュはテキパキと治療を終わらせていく。 ノエルは率直に疑問を尋ねる。

「なんで昨日の出来事を? あっ、レーニエに聞いたの?」

「あの子は昨日の夜、出かけたっきり帰ってきてないよ。 こんな忙しい時に居ないのは困るけど、森の方も大変だろうから仕方ないね。 あたしが昨晩の出来事を知ったのは今朝、村長がここに寄ってったからさ。 けが人がたくさん出たから面倒をかけると言ってったよ。」

「村長が?」

「ああ、あんたらのことも言ってたよ。 旅人の少年たちにこの村と森の未来を救ってもらったと嬉しそうに話してたよ。」

「そう・・なんだ・・。」

「すまないね、この村のゴタゴタに巻き込んじまってさ。 お返しってわけじゃないがしっかり診てあげるから、少し待っててくれないかい。」

「あ、はい! ありがとうございます!」

エレノアはかけられた言葉に深々と頭を下げてお礼をする。  医師の女性はニコッと笑うと次々と先に来ていた患者を治療していった。

半刻ほどの時間でエレノアの順番となり机の前の椅子へと呼ばれた。

「待たせたね、もう一度足を見せてもらえるかい?」

「あ、はい・・。」

エレノアはスカートから包帯の巻かれた足を出すと、ゆっくりと包帯を解いていく。

そこには青紫に腫れた足首が露となった。

「あんた、こんな足で相当無茶しただろ。昨日のは痛み止めなんだから、そんな足で無理をしたら当然そうなる。」

医師が青紫に腫れた足を触ると、エレノアは声にならない悲鳴を上げる。

「骨には異状ないと思うが昨日と同じ処置じゃだめだね。 ノエルって言ったかい?  レーニエの代わりにちょっと手伝ってもらえるかい?」

「うん、なんでもやるよ!」

「いい返事だ。 まずは・・。」

医師であるロシュがノエルに細かい指示をだすと、それに従ってノエルは薬剤を調合する。  その間に医師はエレノアの足に合わせた添え木を作成し、足首を固定する。

薬剤を患部に塗布し包帯を巻く、その上に添え木をあてがうとさらに厚手の包帯を巻いていく。

「ノエル、調合した薬剤を持っておいで・・。それを巻いた包帯に含ませていくの・・。そう。」

ノエルは言われた通り包帯に調合した液剤を浸透させていく。 まんべんなく塗り終えたところでエレノアと目が合った。 一呼吸置くとノエルは真剣な顔で話しかける。

「エレノア・・。昨日、手伝ってくれたことはうれしいんだけど、そのせいでエレノアが痛い思いするのはやだよ・・。  これからは無理なら断っていいからね・・。」

「・・うん、気を付ける。 ごめんね・・。」

「いや、エレノアは悪くないんだ・・。 俺がもっと気を使ってれば・・。」

「はいはい、そこまで!」

お互いに自分を責める二人を見てロシュが言葉に割って入る。

「怪我しないことに越したことは無いが、生きてりゃ無理をしてでもやらなきゃいけないことに出くわすことだってザラにある。 なら後で後悔しない選択をするしかないのさ。 あんた達は自分で選んだ行動に後悔してるのかい?」

ノエルとエレノアは見つめ合うと、お互い首を横に振る。

「ならいいじゃないか。 後に残るような怪我じゃなければ、あたし達医者が治してやれるんだからね。 ・・そろそろいい頃かね。包帯に触ってみな。」

医師に促されてノエルが先ほど処置をした箇所に触ると驚きの声を上げる。

「あれ、包帯が固くなってる! 何これ。」

「肌には影響はない物で布に含ませると固まる液剤だよ。 速乾性の糊みたいなもんかね。」

「ほんとに固い! 先生、これ足首全然動かないよ。」

恐る恐る触って確かめていたエレノアも驚きを隠せない様子を見て医師が勝ち誇ったように説明する。

 「嬢ちゃんは歩くなって言っても無理するだろ。 だからこれ以上悪化させないように固めておいたんだよ。 取る時はハサミで切ることはできるが3日は外すんじゃないよ。」

「はい、すみません・・。」

「ノエル、あんたは嬢ちゃんが動けない間、しっかり面倒見てあげるんだよ。」

「うん、まかせて!」

「頼もしいね。 ん? 馬車の音が聞こえるね。 外で犬も吠えてるとこみるとあんたたちのお迎えかな? 今日この村を出るのかい?」

「はい、その予定です。」

「そうかい、じゃあ治療も終わったことだし大事にするんだよ・・。  なぁ、行く前に一つ聞いてもいいかい?」

「? なんです?」

「・・あの子、レーニエは昨日、怪我とかしてなかったかい?」

髪をたくし上げながら少し照れくさそうにロシュはノエル達に問いかける。

「昨日、レーニエと最後まで一緒に応急処置したけど、怪我してる様子はなかったよ。」

「それなら良かったよ。 あんな子でも大事な弟子だからね。 まぁ、またここに戻ってくるかは知らないけどね。」

「昨日、レーニエも頑張ってたし、まだ学びたいことあるだろうから戻ってくると思うよ。」

「ふふ、そしたらまた騒がしくなるねぇ。 あんた達、色々とありがとね。 体には気を付けて行くんだよ。」

「はい、こちらもお世話になりました。」

「レーニエにありがとうって伝えといて。 帰りにまた寄れたら会いに来ます。」

二人はそれぞれ礼を告げ、ノエルはエレノアを支えながら診療所を後にした。


快晴の空の下、ノエル達一行は次の目的地を目指し街道を進んでいた。 

歩けないエレノアは馬車の荷台に乗っている。 その傍らには森に迷い込んだ時にもらった杖が置かれている。

まだ何日もお世話になる杖は握る部分に布が巻かれ、大事に手入れが施されていた。

先頭の方ではノエルが親方に昨日の経緯を説明してるようで、時折親方の悲鳴が聞こえてくる。

街道はトレノの村を超え、森の傍へと続いていく。 前を歩くアルドが先にあるものを見て声を上げる。

「前にまた黒いでかい奴がいますわ! 気を付けて!」

それを聞いた周りに緊張が走る。 だが、前の遭遇とどこか様子が違うことをアルドは気が付いた。

「なんだ? 前みたいに襲ってくる様子はねえなぁ・・。 あ、何人か一緒に人もいますわ。 大方、森に迷い込んだ奴を村に戻してるところみたいっすね。」

みんなの緊張が安堵に変わり、そのまま先へと進む。 大羊が目前に来た時のアルドが声を上げた。

「あっ! こいつ、俺らを襲ってきた奴だ! 右肩のあたりに俺が刺した傷が治療されてる!」

アルドが指す先には確かに布が巻かれている。 だが、あの時の凶暴な様子は一切感じられず、人の誘導されるがままにのんびり歩いている。

「すごい大人しい。 あの時、なんだってあんなに暴れまわってたんだ?」

大人しく横を通り過ぎる大羊に問いかけるようにノエルは思わず口に出す。 その答えは予想外のところから帰ってきた。

「何かに怯えていたみたいだよ。」

ノエルは声を掛けられた方に振り返ると見覚えのある髪飾りが目に入る。 そこには森の中で出会ったテロワールの男がいた。 

突然の再会に驚きながらノエルは返す言葉を探す。

「えっと・・。森の中で助けてくれた人だよね? 俺らとしゃべってもいいの?」

「ああ、その掟は昨日でなくなった。 だからもういい。」

「そっか、良かった・・。 今、言ってた怯えてたって話だけど何に対してだったの?」

「それは今でもよくわからない。 森に入ってきていた時には近づくもの全てに怯えて気が立っていた。 図体はでかいが行動は天敵に追われてる小動物と変わらないな。」

「今はすごく大人しいね。 あんな大きくて暴れてたのをどうやって落ち着かせたの?」

「最初は手が付けられないくらい暴れていたから、とりあえずみんなで罠に嵌めて動きを抑えた。 色々試したらロキソの葉のにおいを嗅がせると落ち着いてきたんだ。 あれは気を落ち着かせる効果があらからな。」

「あ、知ってる! あの鎮痛作用のある葉っぱね。なんかスースーする独特な匂いが確かにあったな。 あの葉っぱにそんな効果もあるんだ。 すごい便利な葉っぱだな、ウイタエにも生えてないかな?」

感心しているノエルのことをテロワールの男がじっと見ている。そして再び口を開く。

「お前がノエルか?」

「? そうだけど、どうして俺の名前を?」

「レーニエに聞いた。 それで俺も話をしたかったんだ。」

「どうして俺に?」

「俺はフィノ。 昔、テロワールに病気が流行って外から来た医者に助けてもらった話は聞いてるだろ? その時、医者のセンセーに助けを求めに行ったのは俺なんだ。」

「!? そうだったんだ!」

「ああ、レーニエからノエルがセンセーの息子だって聞いたから会いたかったんだ。 センセーはあの時、子供だった俺の言葉を真に受けて、森の中まで付いて来てくれて何のつながりのない俺らの村を救ってくれた恩人だ。」

その言葉を聞いたノエルは胸が熱くなるの感じる。

「俺もセンセーにいつか恩を返したいと思っていた・・。 森に迷い込んだノエル達を村に送り届けたことでセンセーに少しでも恩を返すことができたのなら俺も嬉しい。」

そう答えるフィノの顔は森で初めて出会った時の訝しい表情とは全く違う、歳相応なあどけない笑顔だった。

その言葉と笑顔にノエルは涙が出そうになるのを堪え、言葉を返す。

「俺も森に迷い込んだ時に助けてくれたこと、ちゃんとお礼言いたかったんだ・・。 話すことが出来ない掟があったのに俺たちのこと助けてくれてありがとう!」

荷台に乗っていたエレノアも杖を手に持ってオドオドしながらもフィノに話しかける。

「あの・・、森で迷ってた時、杖を作ってくれてありがとう。 これにとっても助けられたの。 今も大事に使ってるから・・。」

「あ、それ大事にしてくれてるんだ。 手頃な木を切っただけだけどね。」

フィノも嬉しそうにエレノアに返答する。 

お礼を言い終えるとノエルは手のひらを服で拭ってフィノの前に差し出す。 

その手に答えるようにフィノはを快くノエルと握手を交わした。

「俺らの村はきっと、これからいい方に変わっていけると思う。 そしたらノエルも村に遊びに来いよ。 その時ゆっくり話をしよう。 じゃあ俺はトレノまでこいつを連れて行かなきゃいけないから行くわ。 またな!」

「うん、わかった! がんばって! あとレーニエにもまたねって伝えといて!」

お互い手を振って別れを告げる。 フィノ達の後姿を見送るとノエルは前に向けて歩き始める。

馬車の荷台に座っているエレノアが笑いながら話しかける。

「ちゃんとお礼が言えて良かった。 ノエル、ありがとう。」

「うん、俺も話が出来て良かった。 そして、父さんとも会ったらちゃんと話がしたいな。」

「楽しみだね。 王都まではまだ先は長いけど行こう。」

「おう!」

拳を掲げ、元気よくノエルが返事をする。 次の目的地へ向け、森の先まで続く道を一行は進んでいった。










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Wind of life ~Ancint Memories~ さちづる @sachiduru

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