第14話 心の殺害

 赤髪の男にリクトが殺されそうになった瞬間、そこに割って入ってきたユキナ。



「このガキを殺すのを止めてくれ? なんでだよ? お嬢ちゃん?」


 赤髪の男は、ナイフを持ったその手を止めて、ユキナに問いかける。



「お嬢ちゃんも、コイツらに大事な人々を殺されたんだろう?……オレは見たんだ。死体の山になった教会から、お嬢ちゃんがコイツらに連れられて行くところを。」


 どうやらこの赤髪の男は、聖幸楽園が惨劇にあった次の日の朝に、ユキナが旅立つところを見ていたらしい。


 恐らく、以前からリクトとタイガを追って来ていたのだろう。



「お嬢ちゃんは、あの教会の住人だったんだろう?……神父らしき男の最後を看取っていたよな?……それに、その首から下げた十字架、それはあの神父らしき男の形見だよな?」


 赤髪の男は全てを悟っていた。


 最初に襲撃してきた際、ユキナには手を出さなかったのも、これが理由なのだろう。



「お嬢ちゃんにとっても、敵(かたき)であるコイツを殺せば、復讐成功じゃねぇのか?……そっちのゾンビ野郎は、どういうわけか正気になっているみてぇだが。」


 そう言って赤髪の男は、手に持ったナイフをリクトの首に突き付けた。



「……正気になった彼に聞いたんです。その少年は、“痛み” や “恐怖” を感じることができないそうです。」


「痛みを感じねぇ……? なんだそりゃ?」


「その少年は、脳の一部が欠損していて、恐らくそれが原因だそうです。……事実、拷問してもまるで効果がなかったんですよね?」


「確かにこのガキは、拷問してもまるで痛がらねぇ……。しかし、それは本当なのか?」


 赤髪の男はリクトの方をチラリと見る。



「だから無駄だって言ったでしょ? また試してみれば?……右足の指で。」


 リクトはニヤケ顔で赤髪の男を挑発する。



 しかし赤髪の男はリクトの挑発に反応せず、ユキナの目を見て話を続ける。


「しかし、それが本当だったとして、お嬢ちゃんはどうしてオレがこのガキを殺すことを止(と)めるんだ?」



 ユキナはその問いかけに、いっそう鋭いまなざしで答えた。


「ただ殺すだけでは、足らないからです。」


「……足らないだと?」



 ユキナは話を続ける。


「痛みを感じないのなら、その少年は殺される瞬間まで何も感じません。……それでは足らない。復讐には足らない!」


「……だったら、お嬢ちゃんはどうしたいって言うんだ?」


「苦痛ではなく、絶望を与えます。」


「絶望……?」


「その少年は、大陸の東にある研究施設を目指しています。……私はその少年を目的の場所まで導き、目的を遂げるその直前で、彼に絶望を与えて殺すつもりです。」


「……つまり、挫折を与えるって事か?」


「痛みを感じないのであれば、私はその少年の希望を奪います。……肉体的に殺すだけではなく、心を殺してやるつもりです。」


「……それを、お嬢ちゃんがやるって事か?」


「そうです。」


「できるのかい? お嬢ちゃんに。」


「必ずやって見せます。……正直言って、私はまだ、その少年の本当の目的が分かりません。しかし、私は必ずそれを見つけ出し、奪い去って見せます。」



 赤髪の男とユキナは少しの間、無言でにらみ合った。


 リクトとタイガも、無言でその様子を見ていた。



そして、しばらく無言の空間が続いた後、先に口を開いたのは赤髪の男だった。


「……フン。 言っちゃぁ悪いが、アンタみたいな小娘に、それができるようには思えねぇな。」


 赤髪の男はそう言うと、ナイフを持った手を再び振り上げた。



「!!」


 ユキナはその様子にハッとし、一歩踏み出そうとする。



 しかし、赤髪の男はリクトを攻撃するのではなく、リクトを縛っていたロープを切ったのだった。


 そして、ロープを解いてリクトを開放すると、再びユキナの目を見て言った。


「見届けさせてもらう。」



 どうやら赤髪の男は、ユキナにリクト達への復讐を託すつもりのようだ。


 ただし、その復讐の行く末を、この赤髪の男も見届けようという事である。



「オレはお前達と一緒に行くつもりはねぇ。……だが、ずっとお前たちを追っていく。」


 赤髪の男は、手に持っていたナイフを懐にしまうと、解放したリクトの背中を軽く押した。



「お前たちは先を急ぐがいい。オレはその後を追う。……ただし、お嬢ちゃんに復讐が出来ないと判断したら、オレはすぐさまこのガキを殺す。」


 赤髪の男はそう言って、リクトを縛り付けていた椅子にドッカリと腰掛けた。




 それを見てタイガは、


「ほら。ユキナ。」


 そう言って、制御装置のリモコンをユキナに差し出した。



「今のうちに渡しておく。 ユキナ、お前がこれを持つんだ。」


「……」


 ユキナはそれを黙って受け取ると、大切に懐にしまいこんだ。



「えー!?タイガ兄ちゃんのリモコン、ユキナちゃんに渡すのかよ!」


 リクトはかなり不満そうである。



 その様子を見て、ユキナはリクトに言う。


「私がこのリモコンを持つ限り、アナタに今までの様な殺戮は絶対にさせない。」



 リクトはそれを聞いて、やはり不満そうではあったが、


「チェッ! まぁ、いいけどね。」


 ……などとボヤきつつ、案外と素直にそれを認めるのだった。



 そして、リクト・ユキナ・タイガの3人は、赤髪の男に背を向けて、廃墟の入り口を出ようとする。



 しかしその時、


「おっと! ちょっと待ってくれ。」


 赤髪の男が3人を呼び止めた。



「……何ですか?」


「オレの名はヤトラだ。 お嬢ちゃんの名前は?」


「……ユキナです。」


「……そうか。また会う事になる。よろしくな、ユキナの嬢ちゃん。」


「……」



 そして、“ヤトラ”という赤髪の男と会話を済ませると、リクト達3人はその廃墟を後にした。



「ユキナちゃんに続いて、あの“ヤトラ”とかいうおっさんか……。なんだか、研究施設へいく人が段々と増えてきたなぁ……。ねぇ?タイガ兄ちゃん?」


 先頭を歩くリクトは、少し振り返ってタイガに声をかけた。



 しかし、


「……」


 タイガは黙ったまま、何も答えない。



「あれ?……タイガさん?」


 ユキナがタイガをのぞき込んで様子を伺うと、タイガはいつも通りに息を荒げ、黙ったままのゾンビに戻ってしまっていた。



「どうやら、タイガ兄ちゃんの正気モードは終わったみたいだね。」


「……」



 こうして、3人の“神窓工学”を目指す旅は再開された。


 ……いや、後を追うヤトラを入れれば、4人かもしれないが。

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ゾンビアニ Tusk @Tusk1230

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