第13話 欠損

「おいユキナ。もうすぐ着くぞ。」


 少しの間、黙って走っていたタイガは、背中のユキナに言った。



 赤髪の男に襲撃された場所から、リクト達がいる廃墟まで、恐らく7~8キロは離れていただろうか? タイガの驚異的な脚力のおかげで、わずか10分足らずで到着しそうだ。



「リクトさんは、まだ生きているんでしょうか……?」


 ユキナは気になり、タイガにそう呟いた。



 リクトがさらわれてから、すでに数時間が経過している。いくら拷問を加えられたとしても、そろそろ殺されている可能性があるだろう。



 しかし、


「……アイツの思考を感じる。まだ生きているみたいだぜ。」とタイガは言った。


 どうやら、タイガの “ゾンビの能力” とやらによれば、リクトはまだ生きているようだ。



「あの男たちは、リクトさんを“痛めつける“と言ってました。……もしかすると、拷問されているのかも?」


「……拷問か。 それは時間の無駄ってもんだな。」


「……?どうしてです?」


「リクトは痛みを感じねぇんだ。」


「……痛みを感じない?」


「ああ。あのガキには、痛みや恐怖心といった感覚が無い。」


「え?……どういう事ですか?……鈍感って事ですか?」


「いや、違う。」



 そこまで会話した時点で、2人はリクトが連れ去られた廃墟へと到着した。


 そしてタイガは、ユキナを背中から下すと、少しだけリクトの話をつづけた。



「リクトは一度、フレンジーバグに寄生されかけた事がある。……そして、オレはそれを助けたおかげで、こうなっちまったってわけだ。」


「えっと……、つまり、リクトさんに寄生しかけた寄生虫が、リクトさんを助けた時にタイガさんに寄生したって事ですか!?」


「そういう事だ。……そしてリクトはその時、どこか脳の一部が欠損しちまったみたいだ。」


「脳の一部が……?」


「ああ。アイツはそのせいで、痛みや恐怖心を感じることができないらしい。……もしかすると、アイツが悪魔の様な人格なのも、それが原因なのかもしれないな。」


「……」



 タイガはその時、どこか悲しそうな表情をした。


 それを見てユキナは、何やら複雑な心境に駆られ、次の言葉が見つからない。



「……かと言って、アイツとオレがやった事は、“仕方ない”では済まされない。 ・・お前はリクトとオレに復讐する事に、疑問を抱かなくても良いと思うぜ?」


 そう言ってユキナの顔を見ると、タイガは少しだけ微笑んだ。



「よし。オレが中に入って、リモコンを取り返してくる。 お前は入り口の前で隠れていろ。」


「……わかりました。」



 タイガはユキナに背を向けると、ツカツカと廃墟の入り口に向かって歩いていく。


 ユキナは、その後ろから静かに廃墟へ近づき、入り口の壁に身を潜めた。



「邪魔するぜー!」


 タイガは威勢のいい声でそう言いながら、堂々と廃墟に入室した。



「!?」


 赤髪の男と仲間の2人は、一斉にタイガの方を振り返る。



 赤髪の男の手には血だらけのハンマー。


 そして、リクトの左足は血に染まっており、その全ての指が潰されていた。



「ゾ……ゾンビ野郎!?あれだけやって、まだ生きてたってのか!?」


 赤髪の男とその一行は、恐れおののいて、後退る。



 タイガはリクトの足元を見て、呆れた表情で言った。


「なんだ……?そんなチンケな拷問なんてやってたのか。……時間の無駄だってのによ。」



 タイガのその一言を聞き、赤髪の男たちは驚愕する。


「コ……、コイツしゃべったぞ!?ゾンビじゃねぇのか!?」



 そしてリクトは、タイガのその様子を見て、いつものニヤケ顔で言った。


「あれ?正気モードなの?タイガ兄ちゃん……?」


「……ああ。 久しぶりだな、クソ弟。」



 しかしタイガは、リクトと赤髪の男たちを気にする素振りも見せず、廃墟の室内をキョロキョロと伺う。


 そして、「リモコンはどこだ?」と赤髪の男に訪ねた。



「……アンタの制御装置のリモコンの事か?」


「そうだ。」


「……それなら、そこに置いてある布袋の中に入ってたぜ。」


 そう言って赤髪の男は、タイガの目の前のテーブルに置いてある布袋を指示した。



「そうか。……じゃぁ、返してもらうぞ。」


 そう言って布袋に近づくタイガ。



 しかしその時、赤髪の男の仲間の一人が、片手斧を持ってタイガに襲い掛かる。



「……フン。 止めとけばいいものを」


 タイガはポツリとそう言うと、襲い掛かってきた男の顔面を掴み、軽々と壁に向かって投げ飛ばした。



 ドガァ!という大きな音を立て、投げ飛ばされた男が壁に突き刺さる。


 そして、少しだけ足をビクビクとさせたかと思うと、男はすぐに動かなくなった。……どうやら即死した様だ。



「……」


 赤髪の男と仲間の一人は、それを見て言葉を発することができない。


 そしてリクトは、相変わらずのニヤケ顔のまま、黙ってそれを見ている。



「あったあった! それじゃぁ、返してもらうぜ。」


 タイガは、布袋の中にリモコンが入っていることを確認すると、赤髪の男を見て言った。


 すると赤髪の男は、タイガを数秒間睨みつけたが、悔しそうな表情でハンマーを床に投げ捨てた。



「・・わかったよ。アンタみたいなバケモノを相手にはできねぇよ。・・このガキは開放する。」


 赤髪の男はそう言うと、ポケットからナイフを取り出し、リクトを縛ったロープを切ろうとした。



 しかし、それを見てタイガは、


「いや。 そのガキはお前たちの好きにしていいぞ。」


……と言って、布袋を持って入り口の方へ移動する。



「・・は?」


 赤髪の男はキョトンとした表情だ。



「オレはこのリモコンを返してもらいに来ただけだ。 そのガキは、お前さんに恨みを買うような事をしたんだろ? 勝手に殺してかまわねーよ。」


「なに? どういう事だ?」


「だから!オレはそのガキを助けに来たわけじゃねー。殺るなら勝手に殺っていいって言ってんだよ。」



 それを聞いて赤髪の男は、仲間と目を合わせて笑った。


「クハハハハハハ!……だとよクソガキ! お前、良い仲間を持ったなぁ!おお?」



 そして赤髪の男は、ロープを切るために取り出したナイフを、逆手に持って構えた。


 リクトはと言うと、依然として表情を変えず、ニヤケ顔のままタイガの方を見ている。



「テメェをいくら拷問しても、効果が無い事はよくわかったぜ。……手っ取り早く首を掻っ切って、ブチ殺してやらぁ。」


 赤髪の男はそう言うと、ナイフを持った手に力を籠め、殺意の眼差しへと変わる。



しかしその時、


「待ってください!」と声を張り上げ、入り口に身を潜めていたユキナが飛び込んできた。



「!?」


その声に赤髪の男は、振り下ろそうとしていた手を止める。



「なんだ……?お嬢ちゃんも来てたのか。」



 黙ってニヤケ顔だったリクトも、予想外のユキナの登場に、少しだけ驚いた様子を見せる。


「……あれ? ユキナちゃん。」



 そしてユキナは、赤髪の男を鋭いまなざしで見て言った。


「その少年を殺すのをやめてください!」



 しかしタイガだけは、ユキナが割って入ってくることを分かっていたかのように、落ち着いた表情でその光景を見ているのだった。

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